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第八章(12)※

「っ!!!」  ブツッ、という皮膚を破った音とともに微かな血の匂いが空気に混じる。同時に彩都の中の稜弥が爆ぜて、大量の白濁が流れ込んできた。しかし、彩都が感じたのは下腹を満たす温かさだけだ。彩都の背後で息を荒げる稜弥が桜の幹に左手をつく。晒された稜弥の手首を見て、彩都の霞んだ視界が鮮明になった。  稜弥の左手首の甲には、くっきりとした歯型がついていた。そのところどころには小さく血が滲み始めている。 (噛まれなかった……。まさか彼は僕の願いを……?)  稜弥の左手が桜から離れた。その手は右手も伴って、後ろから彩都をきつく抱きしめる。稜弥の屹立から最奥へと終わることなく注がれる温もりに、なぜか彩都は涙が止まらなかった。   体中の鈍い痛みで目を覚ます。ここは稜弥が宿泊に使っている部屋。確か、さっき目を開けた時は自分の部屋の簡易ベッドの上だったはずだ。  あの桜の下での発情が始まってからどれくらい経ったのだろう。樹の下での長い交わりを終え、稜弥に抱えられて宿舎へと戻った彩都は、再び噴き出した体の火照りに抗えず、自ら稜弥を誘惑してこの部屋のシーツに二人で倒れ込んだ。  それから気がつくたびに自分の居場所が変わっている。多分、汚れたシーツを取り替えるために稜弥が気を失った彩都を、各々の部屋へ代わる代わるに運んでいるのだろう。それなのに彩都は、目を覚ますと稜弥が与えてくれる食事と水分を少しだけ口にしたあとは、すぐにアルファを求めて熱をあげ、また何時間も稜弥を受け入れ続けると気を失って眠りにつく。稜弥はかいがいしく彩都の面倒を見てくれるが、以前のように話しかけてくることが極端に少なくなっていた。  今の部屋はまだ移動前のようだ。その証拠に横たわるシーツは二人の汗と精液で汚れたままで、部屋にはいない稜弥の匂いが充満していた。 「あ……」

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