144 / 181

第八章(14)※

 ――ガツッ! 「はああっ! あう……、う……」  今回も彩都のうなじを噛む直前で自分の腕を噛んだ。これで衝動は一時的でも紛れる。代わりに彩都のなかで大きく弾け、また長い射精が始まる。  がくりと弛緩した彩都の体を後ろから抱きしめて、稜弥はきつく目を閉じた。 ***** 「先生、着きました」  耳元で囁かれて彩都は微かに瞼を開ける。目の前にはまだ桜の花が散らずに咲いていた。  稜弥は彩都を抱きかかえたまま、桜の下へと歩んでいくと大きな幹に背をつけてその根元に腰を降ろした。彩都は力無く稜弥に凭れかかり、稜弥は後ろから前へ両手を廻すと彩都の体に軽く添えた。  彩都は少し顎を上げて頭上の桜を瞳に写す。先ほどまで、稜弥を胎内に受け入れていた彩都は、ようやく発情期を終えて、五日間も二人で睦みあっていたことを知らされた。エドヒガン種の花の盛りは約三日。もう散ったかもと内心焦りながら、彩都は稜弥に、ここに連れて来て欲しいと願い出たのだ。  時おり吹く風に、ひらりひらりと花びらが落ちる。その美しい舞いを、彩都は祖父にも見せたかったと思った。  静かな時間が流れる。稜弥の肩に頭をつけて、花を見ている彩都に後ろの稜弥が小さく切り出した。 「先生……。俺を叱ってください」  彩都は少し力の込められた稜弥の腕に視線を移す。捲られた黒いTシャツの袖から覗く二の腕は、手首の甲を中心に痛々しい噛み傷が無数につけられている。特に左腕が酷く、赤黒く変色した血の塊がこびりつき、いまだに滲出液が溢れている傷もあった。アルファの本能に必死に抗ったその傷を、彩都はそっと指先で触れた。 「……こんなに酷く噛みついて、痛かっただろうに……」  傷に優しく触れて、自分を心配してくれる彩都に稜弥は一瞬、言葉に詰まった。 「……どうして俺なんかを心配するんですか。アルファであることを隠して、あなたや東條先生を騙していたのに。それに、あんなに暴力的にあなたを抱いた。本当なら俺は……」

ともだちにシェアしよう!