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第八章(17)

 かろうじて耳に留めた彩都の言葉に宣親は愕然とした。しかし、宣親を呼ぶ医療スタッフの声に意識を引き戻され、彼らに救急の指示をだして彩都を任せると、背後にある大きな桜に振り返った。 「タカヤ、しっかりして」  その樹の根元では、座り込む稜弥を気づかうようにセシルが声をかけている。 「……セシル、ベイン博士は……、みんなは……?」 「今はわたし一人だけなの。でも博士たちも無事よ。ドイツから日本に受け入れてもらえるように、ドクターが政府に働きかけてくれたわ」  立ち上がろうとしてよろめいた稜弥をセシルが咄嗟に支えた。そのまま彼女の手を借りて、稜弥は彩都の処置が進む人集りに近寄ろうと試みる。その稜弥の腕の噛み傷を見て、セシルが悔しそうに目を伏せた。 「酷い怪我。それになんて匂いなの。わたしのラットブロッカーは、七瀬彩都のフェロモンには通用しなかったのね」  自身も少し頬を上気させて言うセシルに、稜弥は、それは違う、と否定をして、 「抑止剤は俺の不注意で奴らに奪われたんだ。すまない、君の貴重な研究成果を奴らに……」  急に二人の目の前を誰かが塞いだ。きゃ、と隣のセシルが小さな悲鳴をあげて稜弥から離れる。代わりに稜弥に近寄ってきたのは宣親で、Tシャツの胸ぐらを掴まれて強く引き寄せられた瞬間、激しい衝撃が左頬を襲った。 「タカヤッ! ドクター、なんてことを!」  殴られた勢いを止められずに、足を縺れさせた稜弥は桜の幹に強かに体をぶつけて、そのままその場に崩れ落ちた。  じわりと口のなかに鉄臭い血が染み出てくる。軋む左顎をさすり、ちらつく視界で見上げた先にいた宣親は、拳を震わせ鬼の形相で稜弥を睨みつけ、さらに掴みかかろうとした。

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