151 / 181

第九章(3)

*****  十二のころ、父の仕事の関係で渡ったアメリカで、稜弥は第一世代アルファだと判定を受けた。それから特に優秀なアルファの青少年を教育する機関、アルファアカデミーに編入学した稜弥は、たったひとりの日本人である偏見に晒されながらも勉学に励み、周囲の差別を実力で捩じ伏せて、十六になった今ではアカデミーの首席として同世代アルファのなかでも一目おかれる存在になっていた。  しかし、遠い異国に家族と離れて唯ひとり、寂しくなかったといえば嘘になる。時には理不尽な言いがかりに苛立ったり、どうしようもない悲しみに泣きたくなることもあった。そんなとき稜弥の心を慰めてくれたのは、アカデミー入学前に家族と行った旅行先の古本屋で父に買ってもらった桜の写真集だった。  その古本屋のショーウインドウに飾られていた本の表紙を目にしたとき、稜弥は撮された日本の花の美しさと懐かしさに心を奪われた。古本にしては結構な値がしたその写真集を父は優しく笑いながら息子に買い与えてくれた。  それから稜弥はうれしいときも苦しいときも、この写真集を眺めて過ごした。ページをめくるたびに広がる遠い故郷の風景は、今はすべて無くなった景色だとしても、稜弥の心の奥にしっかりと根づいていった。  その本の桜の写真を撮った写真家について知ったのは、つい最近のことだ。アカデミーの仲間が構築していた汎用人工知能の検索エンジンのテストで「なにか日本に関してのワード検索を試してみて」と言われ、興味半分でその写真家の名前を打ち込んでみた。  期待していなかったのに、以外にもラフィンと名付けられたAGIは、その写真家の経歴を教えてくれた。彼はずいぶん昔に亡くなっていて、今は彼の孫息子が出版物の権利を持っているとディスプレイに表示されていた。  稜弥はラフィンに孫息子のことも検索するように命じた。ラフィンの回答は稜弥の興味を惹きつけた。

ともだちにシェアしよう!