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第九章(4)

 孫息子の名前は七瀬彩都。日本のとある大学で講師をしている。彼は植物学の博士号を持ち、桜の再生を研究テーマにしていた。そして、彼が先だって発表したバイオ小麦の論文が、各科学誌で高い評価を受けていることも書かれてあった。  あんなに美しい桜の風景を切り取った写真家の孫が、絶滅した桜を生き返らせようとしている。稜弥はその事実に胸が高鳴るほどの感動を覚えた。  七瀬彩都に会ってみたい。  彼は本物の桜の花を見たことがあるのだろうか。  残念ながら、七瀬博士が所属する大学のプロフィールには彼の画像が無かった。他にも彼の情報がないかと検索してみたが、ラフィンは彼の姿をディスプレイに映し出すことはなかった。  しばらくして稜弥はふたたび七瀬博士の名を眼にすることになった。それはたまたま、通っていたマサチューセッツ工科大学の掲示板にあった学生ボランティア募集の張り紙。ハイパーウィートというバイオ小麦の生育調査の仕事だ。アメリカと日本合同で行われる大規模なこの実験に、七瀬博士が関わっている。 (参加したら博士に会えるかもしれない)  稜弥はすぐにボランティアに申し込んだ。アカデミーの仲間にも声をかけると、セシルをはじめ数人が一緒に参加してくれることになり、稜弥はカリフォルニアのハイパーウィート実験農場へと赴いたのだ。  地平線まで続く黄金の小麦畑――。  そこで稜弥たち、主だった大学から招集された学生ボランティアはそれぞれ決められたポイントに散らばり、一斉刈り取り前の小麦の生育具合のデータを取っていた。遺伝子操作されたハイパーウィートは今までの小麦よりも茎が倍近く高く、穂もぎっしりと実をつけて重そうに垂れている。稜弥はひとり、割り当てられた区画の麦の穂の実の数や、茎の太さ、根の張り具合いなど地道に測っていった。 (やっぱり、ただの学生ボランティアじゃ、簡単に博士には会えないか)

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