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第十章(3)

 稜弥のこめかみから冷たい汗が伝った。宣親やセシル、そして一緒に踏み込んだ警官たちも固唾を飲んで状況を見守っている。  島田は彩都の髪をつかみ、後ろへと引っ張った。ひっ、と小さな悲鳴をあげて仰け反った彩都の首すじに島田は赤い舌を這わせた。 「あっ、ああん」 「ほんと、可愛い声で鳴くよねえ、七瀬先生は。稜弥くんが日本に来る前に、俺が先生をオメガだって気がついていたら、番うチャンスもあったかな?」 「やめろッ! 彩都を放せッ!」  ニヤリと島田がいつもの笑みを見せた。 (もう限界だ。一か八か奴に飛びつく。俺が奴に撃ち込むのが早いか、奴が彩都に噛みつくのが早いか)  稜弥が態勢を低くする。チャンスは一度、失敗したら彩都は……。  猫科の動物のようなしなやかさで腰を落とした稜弥は思い切り床を蹴った。その瞬間――。  カランッ。  島田が手にしていた圧縮注射器を放り投げた。そして彩都の肩を掴み稜弥の方へと突き飛ばすと、島田はベッドから宣親たちの立つ病室の出口へと突進してきた。  すんでのところで稜弥は彩都の体を抱き留める。しっかりと両手を廻し、彩都を庇いながら稜弥は後ろを振り返った。そこにはセシルにブロッカーを撃ち込まれ、床で悶絶する島田の姿があった。 「へへ……効く、ね……、これ……。ベータの、徳重にも……、こんな、に効いた……、かな……」 「島田。お前……」  気絶をした島田と男達を警官が連れていく。稜弥は腕のなかで虚ろな目をした彩都の抱きしめた。すると突然、 「あ……、あぁっ、いやだ……」  ガクガクと彩都の体が震え始め、吐息が熱くなっていく。一層紅く浮かび上がった桜斑から彩都のオメガフェロモンが噴き出しているようで、稜弥は一瞬気が遠くなった。 「だめっ、離してっ」  急に彩都が稜弥の腕から逃れようと暴れ出す。

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