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第十章(4)※

「彩都っ」  稜弥と同時に彩都の名を叫んだ宣親がベッドに近寄った。彩都は怯える瞳で二人を見ると、稜弥の胸を突き飛ばしてベッドの隅へとにじり寄り、裸の体を両手で隠すように抱えた。 「彼はなにか薬を打たれているわ。おそらく発情促進剤、この異様なフェロモンの発散も、その薬の影響よ」  床に転がっていた注射器とアンプルを横目に見てセシルが言った。宣親が、くそったれと悪態をついて、 「今の彩都の体では、こんな発情状態は耐えられない。すぐに戻って処置を……」 「東條先生。彩都と二人だけにしてもらえますか」  低い声で稜弥が宣親に呼びかけた。その声色の鋭さに宣親は返事ができない。それはひとつの可能性にかける覚悟をした男の声だった。 「無茶よ! そんなことをしたら彼は」  稜弥の真意に気づいて、止めに入ろうとするセシルの肩を宣親が押しとどめる。信じられないという表情をしたセシルを無視して、宣親は稜弥をまっすぐに見つめた。その宣親の視線を稜弥は静かに受け止めた。 「……、わかった。セシル、君は保護をした人たちの状態を確認してくれ。それから君、負傷者はすべて東條大学附属病院で受け入れるから運んでくれ」  セシルと警官たちに指示を出した宣親のもとへ、一人の警官が走りより小さく耳打ちした。 「神代、お前の母親と妹の無事も確認された。彼女たちもうちの病院へ連れていく。これですべてが終わりだ。だからあとは……、彩都を頼む」  二人だけになった寒々しい病室のベッドの上で、稜弥は体を小さく丸めて震えている彩都に向かって右手を延ばした。そのか細い肩に触れた途端、彩都は叫び声をあげた。 「いやだっ! さわるなっ! さわらないでっ」  拒否の言葉を吐き出しているのに、その息は恍惚とした空気が含まれている。稜弥は彩都の腕を掴むと強く抱きよせた。

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