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第十章(5)※

「やめてっ離して! あ……、はあはあ……、やめろ、はなせ、はなせえええっ!」  腕のなかで暴れまわる彩都を、稜弥はさらにきつく抱きしめる。頬を引っかかれ、強く胸を叩かれても稜弥は彩都を離さなかった。徐々に腕の中の彩都の動きが弱々しくなる。叫び声も段々と小さくなり、やがてそれはすすり泣きへと変わった。 「い……やだ……、こんな……、ぼくは、こんな……」 「彩都……」 「こんなの、いやだ……。薬で、君と、なんて……いやだ……」 「彩都?」 「……すき、なのに。君のことが、好きなのに……。なのにぼくはアルファを惑わす……、君を惑わす……。ぼくは、僕、は……、オメガじゃない僕自身を、君に好きになってもらいたい……っ!」  彩都の慟哭は稜弥の唇に塞がれた。あやすように唇をついばみ、優しく歯列を舐めて舌を絡める。彩都は夢中で稜弥の舌を吸うと、溢れる唾液に喉を鳴らした。稜弥の顔が離れると彩都はまだ足りないのか、稜弥の唇に自分の唇を突き出してくる。稜弥はその彩都の後ろ髪に、大きな手を差し込んだ。 「彩都、聞いて。俺が日本に帰ってきたのは彩都に逢いたかったからだ」 「ぼく、に……?」 「あの時、俺は彩都を見て運命の人だと感じた。彩都が俺の『魂の番』だと。でも、たった一度だけの出会いだったし、俺もまだ子供で自信が無かった。だから彩都に会って確かめようと日本に来たんだ」 「あの時? 子供のころって……」 「彩都が畑から頬を汚して出てきたのには驚いたよ。俺が渡したチョコミントをうまそうに食って、楽しそうに実るハイパーウィートの穂を見つめて。あの時の彩都のきれいな横顔、俺は今でも鮮明に思い出せる」 「君が、あの時の彼?」  稜弥は汗で張りついた前髪を優しく掻き分けて、驚く彩都の額にキスをした。 「あっ……」 「好きだ、彩都。これは薬で発情した彩都のフェロモンに当てられたからじゃない。アルファの本能じゃなく、俺の理性が彩都を唯一の愛する人として選んだんだ」

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