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第十章(8)

*****  富裕層御用達の会員制医療施設で起こったカルト教団による誘拐事件は、連日連夜、列島のニュースを賑わせた。昨今、都内で発生していた失踪事件の被害者の多くがその施設におり、人身売買の容疑、さらには非合法ドラッグの密輸密売に加担と、叩く埃に埋もれそうなほどの内容に、マスコミ各社の取材記者は少ない睡眠時間をますます削られた。  その医療施設の利用者は現役の国会議員や官僚も多く含まれ、彼らには一様にトクシゲ化学薬品からの政治献金を受け取っていたとの疑惑が浮上し、国会は彼らを糾弾する場と成り果てた。参考人として社長である徳重剛造が招致されたが、徳重自身も使用していたドラッグの後遺症で廃人同然となっており、トクシゲ化学薬品の業績は一気に悪化していった。  一方、アメリカのリードマンケミカル社も、オメガフェロモン抑制剤の薬害訴訟の巨額な賠償金が経営を圧迫し、また他の製薬会社や研究機関への悪質な妨害工作が取りざたされると、社会的信頼を失い、やがて経営破綻となった。  事件から半年後、厚生労働省はリードマンケミカル製抑制剤の取り扱いを全面禁止し、代わりに東條製薬が第二性研究の第一人者、カール・ベイン博士の研究チームを招聘して造り上げた、オメガフェロモン抑制剤、アルファ発情抑止剤を正式に認可、保険適用薬とした。  宣親たち、新世代性ワーキンググループの提言により、政府は第二性を持つ人たちの存在を正式に認め、成人全員への第二性検査を実施し、これ以降は満十六歳での検査を義務付けると発表した。  その発表の席で人々を大いに驚かせたのは現在、二十代後半のオメガの男性が妊娠しているとの報告だった。日本初の男性の妊娠をマスコミ各社はセンセーショナルに報じ、当人の姿を写そうと苛烈な取材合戦を繰り広げたが、彼の行方は結局誰にも暴かれることは無かった。その内、二例目、三例目と男性オメガの妊娠出産が増えてくると、人々は自然とそれを受け入れて、第二性は日本社会に浸透していった。  そして月日は流れ、幾度目かの春――。

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