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エピローグ(2)

 紗季は、皇居の花が綺麗だった、宴席の最後に出てきた、桜餅というお菓子が美味しかったと、今日の出来ごとを事細かに彩都に語る。彩都は大きな瞳をくりくりとさせて話す紗季に優しく相槌を打つ。 「ねえ、パパ。近くにメルはいる?」  名前を呼ばれて、彩都の足元で大人しくしていた白いシェパードがむくりと体を起こすと、テーブルの上にその鼻を乗せてくる。 「今年の夏は絶対にメルよりも泳げるようになるわ」 「そうだね、父さまに教えてもらうといいよ」 「父さまはまだお仕事なの? アメリカに行く前に泳げるようになりたいな。だって、わたしは父さまがアカデミーで出した、いろんな記録を全部超えたいんだから」  その時、紗季はなにかに気づいたように静かになると、急に慌てて、 「お父さんが帰ってきちゃった。パパ、またね。わたしのお願い、お父さんには絶対にないしょにしておいてね」  紗季はそのまま通信を切らずに画面から消えてしまった。廊下の向こうだろうか「紗季、また遅くまで。早く寝なさい」と宣親の声が聞こえた。 「彩都。……ああ、紗季はまた、俺に内緒でお前と話をしていたのか」  ネクタイを外しながら、画面の彩都に声をかける宣親に「おかえり」と出迎えた。 「いい加減、紗季にも自分専用のパソコンをあげたら?」 「だめだ。あの子はまだ七歳だぞ? 子供は子供らしく早寝早起きするのがいいんだ」  すっかり父親の口調が板についた宣親に彩都は小さく笑いかけて、 「ありがとう、宣親。紗季はとても優しい良い子に育ってる」 「そうか? ならいいんだが、時々俺は子育てを間違えたかと思うよ。近頃は一人前に口ごたえまでするんだ。この前なんか、ちょっと注意したらクソオヤジって言ったんだぞ。おまけに、俺たちの呼び方にも不満がある」 「不満って?」 「お前をパパ、俺をお父さんって呼ぶのはいい。だが、どうして稜弥が父さまなんだ? ここは年長者の俺が父さまだろうに」

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