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「あ、あの、チェルノ、さん……?」
恐る恐る声を掛けるが全く反応はなく、虚空を見詰めたままブツブツと物騒な言葉を呟き続けていた。
よく見るとチェルノの周りには魔法陣が描かれていて、警告ランプのように仰々しく光っていた。
「ははは、ごめんね。僕がさっき隙を突いて頬にキスをしたらあの状態になっちゃった」
ペロ、と舌先を出して茶目っ気満載でジェラルドが軽い調子で謝る。
謝罪の軽さと被害者の怒りが全然釣り合ってないんですけど……。
本当にこの二人は過去に何があったのだろうか。
毎回こういうことがある度、気にはなっているが、もちろん恐ろしくて訊けない。
知ってしまったが最後、チェルノに口封じとして闇に葬られてしまいそうな気がする……。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す……」
「ふふふ、チェルノの久しぶりのほっぺた柔らかかったなぁ」
魔法陣の外にしゃがんでチェルノを見詰めながら陶然とジェラルドが微笑む。
頼みの綱のチェルノはあの状態だし、ジェラルドはチェルノの傍を離れるはずがないことは目に見えている。
俺はハァ、と溜め息を吐いた。
「仕方ない、俺ひとりで行ってくるよ」
「……じゃあ俺もついて行く」
「いや、安静にしてろって」
「……でもソウシに何かあったら……」
「大丈夫だって、何かあったらこれ鳴らすし」
そう言って、首からぶら下げた小振りの笛を持って見せた。
数日前に寄った街でドゥーガルドが買ってくれたものだ。
モンスターの骨で作られたもので、一見ただの笛にしか見えないが、内側に仕込まれている魔法陣が吹き込まれた息に反応して、モンスターの嫌がる高い音を四方に響かせるのだ。
しかもこの笛は対になっていて、一つの笛がどこかで鳴らされると、もう一つの笛と光で繋がる。そのため遭難した時などにも使える便利な代物だ。
これを俺の首に掛ける時「……まるで婚約指輪のようだな」とうっとりと微笑んだドゥーガルドには少し鳥肌が立ったが、戦闘能力が皆無の俺には有り難い代物なので「あはは、はは、は……」と曖昧に笑って受け取った。
「……それでもやっぱり心配だ」
「あのなぁ」
心配性が過ぎるドゥーガルドに俺は肩で息を吐いた。
「大丈夫だって。俺も子どもじゃないんだから。それにもしモンスターが現れた時、俺ひとりだったら走って逃げられるけど、今のドゥーガルドは走れないだろ?」
そう言うと、ドゥーガルドは言葉を詰まらせた。
足のケガは深くなく歩く程度は問題ないが、走るとなると少し無理があるようだ。
「大丈夫だって、何かあったらドゥーガルドがくれたこれを鳴らすからさ」
「……ソウシ」
笛を顔の横まで持ち上げてニッと笑うと、ドゥーガルドの心配そうな表情が和らぎ、嬉しそうに頬を緩ませた。
「……分かった。じゃあここで待ってる。でも帰りが遅かったら迎えに行くからな」
「うん、その時はよろしく」
ポンポン、と肩を叩きながら、ようやく納得してくれたドゥーガルドに心の中でほっと安堵の息を漏らした。
もちろんケガの心配もあるが、ドゥーガルドについてきて欲しくない一番の理由は、二人きりになるとドゥーガルドが甘い空気を醸し出すからだ。
普段もべたべたと俺にくっついてくるが、これが二人きりになると距離を詰め、隙あらば押し倒して事に及ぼうとするから全く油断ならない。
ひとりで心細くはあるが、すぐ近くに川があったし、何かあったらこの笛で応援を呼べばどうにかなるだろう。
「よし、それじゃあ俺もいいものを貸してやる」
アーロンは荷物をゴソゴソと探って、ポプリのような小袋を取り出した。そしてそれに紐をつけると俺の首にかけた。
ふわり、と微かに甘い香りが鼻先をかすめた。
「なんだこれ?」
アーロンが人に善意で物を人にあげるとは考えにくい。俺は顔を顰めてそれをつまみ上げた。
「魔除けみたいなもんだ。持っていて損はないと思うぜ。特別にタダで貸してやるよ」
「いや、水を汲みに行ってやるんだから当然だろ……」
アーロンがが行かないから行ってやるというのに、なぜこいつはこうも偉そうで恩着せがましいのだろうか。
俺は溜め息を吐きつつ、水袋を持って川の方へ向かった。
心細さはあったが、仲良く並ぶ首からぶら下がった笛と小袋に、まぁ大丈夫だろうと少しだけ心強くなった。
だが、全然大丈夫じゃなかった。
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