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「っ、はぁ、ッ、はあ、ぁ」  呼吸を繰り返しながら、辺りを見回す。あれだけ流れてきたというのに、相変わらず木々ばかりだ。  何とか、岸辺にのぼらなければ、このまま流され続けて生きている可能性はゼロに等しいだろう。  藁にも縋る想いで自分をこの川から救い出してくれるかもしれないものを必死に探していると、少し先に木から垂れ下がっている蔦を見つけた。  ハートの形の葉っぱが特徴的なそれは、確かチェルノが「これは結構強度があるから絞殺にも使えるんだよ~」と言っていたものだ。  その話を聞いた時は、恐らく絞殺対象であるジェラルドが「さすがチェルノ。物知りだね」とのんきに言っていて、その鋼の心臓に感心していただけだったのだが、まさかここにきてその知識が役立つとは……!  俺は川の流れに抗いながらできるだけ岸辺に近付いた。そして蔦の下を流れると同時に、それを掴んだ。 「……っん!」  何とか蔦を掴んだものの、水流はまだ身体に絡みついて離さなかった。  気を抜けばまた川に引きずりこまれてしまうことは容易に想像が出来た。  川を蹴りつつ、慎重に手を動かして少しずつ蔦を登る。ようやく足も川から出ることができ、ほっとしたその瞬間――。  ブチ……ッ、と不吉な音がして蔦が切れた。  体勢が崩れ慌てて空を手で掻き、すぐ隣に垂れる蔦に何とかしがみつくことが出来た。 「はぁ、っ、はぁ、は……」  九死に一生を得たような感覚に、心臓がバクバクと激しく鳴り響いた。  深呼吸をして心臓を少し落ち着かせる。焦ってもだめだが、いつまでもぶら下がっていればまた蔦が千切れるかもしれない。  俺は急いで蔦を伝い登った。岸辺と同じ高さまで来たところで、重心を岸辺の方へかけて蔦を揺らし、そのまま倒れ込むようにして地面に着地した。  手を握って生きていることを確かめてから、俺はその場に大の字になった。 「……っ、よかった! 助かった……!」  今までの強い緊張が解け、俺は全身から気が抜けるような大きな溜め息を吐き出した。  こんなにも死を感じたのは、この世界に来て初めてモンスターに襲われた時以来だ。けれど、その時と違ってあの守銭奴に助けられたわけではなく、今回は自分で危機を脱したのだ。 「……ふふっ、ふふふ」  なんだ俺もやればできるじゃん! なんならここから王都まで自分だけでも行けるんじゃねぇ?  自力で九死に一生の生還を果たした俺は、妙な自信に満ちてにやついた。

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