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「……気休めはいい。結局俺はソウシとの約束を守れなかった」
いや、約束してねぇし!
思わず突っ込みそうになって慌てて言葉を飲み込む。
たとえ勝手に宣言しての行動でも、たとえ俺が望んでいなくとも、俺のために魚を獲ってきてくれたのだ。
想いとは裏腹の成果しか出せずナイーブになっている今、もう少し優しい言葉掛けををしてやらないと、ますます落ち込んでこの面倒な状態が長引くかもしれない。
「でもドゥーガルドの獲ってきてくれた魚もおいしかったぞ!」
「……でもあんなに少なかったら腹が満たされないだろ」
「大丈夫だって! クロが大きい魚を獲ってきたからそれで結構お腹いっぱいになったし!」
「……やっぱり俺の獲ってきた魚では満たされないんだな」
ドゥーガルドはずーんと目に見えてさらに落ち込んだ。
元気づけさせるための言葉がなぜかもっと落ち込ませる結果になってしまい、俺は頭を抱えた。
面倒くせぇぇぇぇぇ!
正直なところ、俺は美味しいものを食えれば獲ってきたのが誰だとかどうでもいい。
いや、もちろん獲ってきてくれた人には感謝している。でもそこに優劣はない。腹ぺこの胃袋の前では食べ物は皆平等なのだ。
と、いうようなことを伝えてもきっとさらに落ち込むのは目に見えている。
どうしたものかと考えあぐねていると、
「いつまでもうじうじすんなよ、鬱陶しい。美味いって言ってるんだからそれで言いじゃねぇかよ」
一瞬、自分の心の声が口から漏れたのかと思ったが、その声はドゥーガルドの獲ってきた魚をムシャムシャと食べるアーロンのものだった。
「俺はお前が獲ってきた魚の方が好きだぜ。でけぇ魚は味が粗くなるからな」
おお! いいことを言うじゃん!
珍しくナイスフォローを見せたアーロンに心の中で拍手をする。
「……アーロン」
アーロンの言葉に、今まで膝を抱えて塞ぎ込んでいたドゥーガルドが顔を上げた。そして立ち上がると、アーロンのもとへ向かった。
お! ここにきて犬猿の仲の二人にちょっと友情が芽生えたか?
そんな楽観的な考えは、ドゥーガルドが剣を抜いてその切っ先をアーロンの首筋にあてた瞬間吹き飛んだ。
「……なぜ貴様がその魚を食べている」
殺意にも似た怒りがほとばしった声に、俺の方が鳥肌が立った。しかしもちろんアーロンは平然と魚を頬張り続けている。
「は? 食べなきゃもったいねぇだろうが」
「……これは全てソウシのために獲ってきたものだ。貴様には小骨のひとつもやらん」
「はぁ? なに器の小せぇこと言ってんだ。というか俺達は仲間なんだから食料は平等に分けるべきだろ」
「お前が言うか!?」
アーロンが驚くほど常識的な正論を言ったので思わず突っ込んだ。
「……平等にと言っているがお前はすでに三匹食べてるではないか」
アーロンの周りに散らばる魚の尻尾三本をドゥーガルドが憎々しげに睨む。その額には青筋を浮かべている。
しかしアーロンはここまで相手をキレさせても動じない。
「お前バカか? 俺くらいの格上の人間になると普通の奴らの倍以上でやっと平等になるんだよ」
平等の意味とは!?
支離滅裂な暴論をあたかも世の常識のように堂々と言えるその身勝手な自信はいっそ羨ましいくらいだ。
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