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「ひぃぃぃっ!」 「……嘘を吐くな。貴様がソウシをいやらしく触っていたのを俺は見た。俺の嫁に手を出した上に嘘を吐くとは、本当に救いようがない男だな」  ドゥーガルドは蔑みと怒りを綯い交ぜた声で吐き捨てるように言った。  いや! 俺はお前の嫁じゃねぇから! ……と普段なら突っ込んでいるところだが、とてもじゃないがそんなツッコミを入れられる空気じゃなかった。 「……まずはソウシをいやらしく触ったその指から切り落とす。手を出せ」 「ちょ、ちょっと待てって!」  血塗れの惨劇が始まりそうになったので、慌ててドゥーガルドを制した。 「……どうした、ソウシ。すぐに殺して欲しい気持ちは分かるが、こういう奴には先に相応の罰を与えるべきだ」 「いやいや、俺は殺して欲しいとか思ってないから! 俺、血とか苦手だから!」  確かに心の中で誰かこの男を殺してくれと言ったが本気じゃない。言葉の綾みたいなもんだ。 「……分かった。じゃあソウシのいないところで片付ける」 「違う! そういう意味じゃない! もっと穏便に! 平和的にいこうよ!」  どうしてこいつの中には血生臭い選択肢しかないんだ……! 「……平和的? ソウシに手を出した時点で俺にケンカを売っているというのにどう平和的に解決しろというんだ」  ドゥーガルドは眉根を寄せて首を傾げた。  だめだ! こいつの中でおっさんへの断罪は確定してる……!  俺の事になると冷静さが欠けるどころか行方不明になってしまうので本当に困ったものだ。  俺は頭を抱えながら、何とか事を穏便な方向へ持っていこうと考えた。 「あー……、でももしドゥーガルドがこの人を傷付けて罪人になったりしたら困るし……」  この世界の司法とかは分からないが裁判とかになったら旅に遅れが出てしまうだろうし、俺のせいで人が死ぬというのは後味が悪いし……という結構自分勝手な意味も含んでの言葉だったのだが、ドゥーガルドは感激したように見開いた目をキラキラと輝かせた。 「……ソウシ、そんなに俺の事を案じてくれていたのか」  感極まった声で言うと、ドゥーガルドは男の頭から手を離して俺の手を両手で包み込むようにして掴んだ。 「……怒りにまかせて勝手なことをしてしまってすまなかった。そうだな、もう俺ひとりの体じゃなかったな」 「いや、安心しろ。お前の体はお前だけのものだ」 「……それに父親が罪人だなんて残されたソウシと子どもがかわいそうだな」 「愛おしそうに俺の腹を見るな! 何も入ってねぇよ!」  こいつ、まさか本気で俺を孕ませる気でいるんじゃないだろうな……? いや。ありえる……!  留まることを知らないドゥーガルドの暴走する妄想に背中全体に鳥肌が立った。

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