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「その指、治して欲しい~?」  男は恐怖のあまり声が出ないようだが、ハクハクと痙攣のような呼吸を漏らしながら口を動かし、一心不乱に頷いた。 「それじゃあもう二度とボクにあんな気持ち悪いことしないでね~。もちろん他の子にもだよ~」 「わ、分かった……! 約束する……ッ!」  命乞いのような必死さで首を縦に振る男に、チェルノはにっこりと笑って、またパチン、と指先を鳴らした。  するとさっきまで床を這っていた指達が何事もなかったかのように男の指に戻っていた。  男は両手を広げ子どものように涙ぐんでほっと肩で息を吐いたが、次の瞬間にはまた悲鳴を上げた。 「あああああああああ! わ、私の小指が……ッ!」  見ると、男の左の小指だけは元に戻っていなかった。しかし、床に指は落ちていない。 「大丈夫だよ~、ボクとの約束が守れるように小指は違うところにちゃんと治してるから安心して~。あ、ちなみにおしっこはちゃんとできるから大丈夫だよ~」  にこにこと笑いながら言うチェルノの言葉に絶句する男が、恐る恐る自分の股間に手を伸ばした。  その絶望と恐怖が入り混じった表情を見れば何が起こったかは明白だった。 「き、貴様……ッ! 私にこんなことをしてタダで済むと思うなよ……っ」  怒りと屈辱で顔を真っ赤にした男が声を震わせて睨みつけるが、チェルノは平然としており冷たい目でそれを受け流した。 「別にいいよ~。その代わりボクにひどいことすると、ジェラルド・フォスターが黙っていないから気をつけてね~」 「ジェラルド・フォスター……! ま、まさかあのフォスター家の……っ!」  ジェラルドのフルネームを聞いた途端、男の顔がサッと青ざめた。  すると、噂の人物がちょうど階段から朗らかに変態発言しながら降りてきた。 「チェルノ、ひどいじゃないか。縄で縛ったまま放置するなんて。そういうプレイなのかな?」 「そんなわけねぇだろ一人でやってろこのフォスター家の恥さらし」  いつもと変わらないジェラルドへの辛辣な態度だったが、そこには確かに男への牽制が込められていた。  男は怯えた表情でジェラルドを見る。視線に気付いたジェラルドが首を傾げて男の方を向くと、男は「ひっ!」と情けない声を上げて店から一目散に逃げ出した。  男とその連れがいなくなった瞬間、店内に拍手喝采が響き渡った。 「よくやった!」 「兄ちゃん最高だ!」 「あの男、偉そうで気に入らなかったんだよなぁ」 「あー! すっきりした!」  店のいたるところから、ドゥーガルドやチェルノを称賛する声が上がった。 「よっしゃ! この二人の英雄に乾杯だ!」  体格のいい厳つい声の男が乾杯の音頭を取ると、他の客達も立ち上がりグラスを掲げた。 「乾杯!」  あのおっさんへの不満が相当溜まっていたのだろう、客達はすっかり高揚してどんどん酒を呷り店内はお祭り騒ぎとなった。  もちろん、そのせいで仕事が増えたことは言うまでもない……。

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