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 ――百年前から私たち人狼は絶滅の危機に瀕していた。理由は単純だ。人間たちによる人狼の乱獲だ。  人狼はその毛皮と青の瞳が高く売れた。さらに心臓には強い魔力があると信じられ魔法や呪いの儀式に使われた。  私の群れも例外ではなく多くの盗賊団に襲われた。その度に私たちは抗い逃げたが、繰り返される襲撃に仲間はどんどん減っていった。  何度繰り返されても、仲間が目の前で無残に殺される姿も、彼らを助けることができなかった悔恨の痛みも慣れることはなかった。 「もう我慢ならねぇ! 俺達の方から人間を殺しましょう!」  盗賊団から何とか逃げ延び、洞窟で焚き火を囲んでいる時のことだった。  仲間の内でも特に血気盛んなクラトスが自分の膝を拳で殴って言った。その拳は怒りで震えていた。  無理もない。彼の妻は数日前、盗賊団に殺されたのだ。身籠もった子どもと一緒に……。   「そ、そんな……、こわいよ……」  群れの中でも一番体の小さい少年のノエが、びくびくと怯えながらクラトスの物騒な提案に異を唱えた。  クラトスがギロリとノエを睨んだ。 「あぁ!? お前、自分の仲間を殺されてそんな腑抜けたこと言うのか!」 「ひ……っ!」  クラトスに凄まれたノエは小さな悲鳴を上げて私の背中に隠れた。  私はノエの頭をぽんぽんと撫で、クラトスに向き直った。 「クラトス、お前の気持ちはよく分かる。しかし人狼である私たちから人間を襲えば、人狼は確実に討伐対象となる。国から討伐の命が下れば私たちの命を狙う者がさらに増えることになるぞ」 「ッ、でも……」  私の言葉にクラトスは唇を噛んで黙り込んだ。  彼も自分の案が一族を破滅にもたらす危険性があることをよく分かっているのだろう。  それでもおさまらない人間に対する怒りが、物騒な提案を口にさせたのだ。  その気持ちは、群れの長である私にも痛いほど分かった。 「……では、人狼とばれないようにすればよいのでは?」  しばらくの沈黙の後、いつも無口なユニスが口を開いた。彼女がこういった場で自分の意見を口にするのは珍しいことだった。 「どういう意味だ?」 「言葉の通りです。私たちが人狼だとばれないようにすればいいのです。たとえば、魔獣を引き連れた黒の魔法使いの盗賊団、などという分かりやすく派手で、すぐには人狼と結びつかぬ設定を演じるのです」  淡々と話す彼女の説明に、仲間はみな興味深そうに聞き入った。 「長の魔力ならば、短時間であれば私たちの瞳の色を変えることもできるでしょう」  彼女は人狼の特徴の一つである青い瞳を指差した。  確かに長である私は他の者より魔力が強い。短時間――盗賊団に扮して村や町を襲う間くらいであれば、仲間の瞳の色を変えることはできるだろう。 「奇遇にもこの地の昔話には、黒の魔法使いと十二の狼というものがあります。まるで私たちのために作られたもののようではありませんか。これを利用しない手はないと思いますが」  ユニスが十一人の仲間と私をじっと見回した。  するとパチパチと無骨な拍手がひとつ響いた。 「ユニス、よく言った! その意見に俺は賛成だ」  興奮した様子で拍手をするクラトスに、やがて他の仲間達も賛同し始めた。

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