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 私たちはそれから色んな村や街を襲い人間たちへの復讐を果たした。  いつかの私たちのように、怯え叫び逃げ惑う人間たちに対して、最初こそ抵抗はあったが次第にそれを見ることで胸がすっきりするようになっていた。  復讐というものは気持ちよく暴力に正当性を与えてくれるものだ。私たちはその血みどろの正義感にすっかり酔っていた。  だから私たちと同じように復讐心に囚われた者がいつか現れるというそんな簡単なことにすら気付かなかったのだ。 「――で、お前らの言い分はそれだけか?」  身に纏う服も髪も肌も真っ白の魔法使いが、地に倒れ伏す私たちを見下ろしながら言った。  その目は心臓の芯まで凍りそうなほど冷たかった。  私たちはいつものように街を襲った後、根城に戻る最中に、彼の奇襲に遭った。  彼は高名な魔法使いだったらしく、繰り出す魔法はどれも強大且つ複雑で、十三対一という数の差をものともしなかった。  結果、私たちの惨敗だった。彼はとどめを刺す前に、なぜこのような盗賊紛いなことをしているのか訊ねてきた。  私は血を吐きながら、自分達が人間たちに受けてきた仕打ちについて全て話した。  同情されたいわけではなかった。しかし自分達の受けた苦しみを知らしめてやりたかった。  しかし彼は私の話をフッと鼻で笑った。 「俺の家族はザニア村に住んでいた。お前達が半年前に襲った村だ」  吐き捨てるように言って彼は、黒いマントを身に纏った私の胸倉を掴んで無理やり体を起こした。 「俺の家族はっ、ただ畑を耕すだけしか能のねぇ、平凡な農民だった! 人狼の価値も存在も知らねぇ、無知で、でも底なしに優しい奴らだったんだよっ!」  先ほどまで冷たかった彼の瞳には熱を感じられる涙が潤んでいた。 「なのに、なんで殺されないといけなかったんだよ……ッ、教えてくれ、納得のいく理由を、教えてくれ……っ」  掠れた声で言って彼はくしゃりと顔を歪ませた。  その問いは、いつかの私が抱いたものと同じものだった。途方もない怒りと悲しみに溢れるその表情も、またいつかの私と同じものだった。  そんな彼を前にして、私は謝罪の一つ言葉にできなかった。  なぜなら、かつての私も謝罪など必要としなかったからだ。謝罪などいらない。死んだ仲間の命を返せ、と。  嗚咽の気配を孕んだ彼の呼吸が落ち着いてから、私は静かに口を開いた。 「……街や村を襲ったのは全て私の命令でやらせた。彼らは長である私の命令に逆らえない」  嘘だった。しかしこれで彼の怒りと憎しみが私一人に向かえば、仲間は助かるかもしれない。そう判断してのことだった。  彼はハッと口の端を吊り上げた。 「お前は随分優しい長のようだな」  嘲笑うように言って、彼は私の胸倉を離した。受け身をとる力も残っていなかった私はそのまま地に伏した。 「優しい長サマには生きて地獄を味わってもらおう」  彼は言うと同時に、自身の服を勢いよく破った。  露わになったその肌に、私はゾッとした。白い肌には呪詛らしき言葉の羅列が隙間なくびっしりと刻まれていた。  一目で彼の憎悪が尋常でない事が分かった。 「お前らを魔法なんてそんな生やさしいもので殺してやらねぇ……ッ。これは呪いだ。お前の手で仲間を殺して人狼の血を絶やせ……ッ」  彼は喉を引き攣らせ不気味な笑いを響かせた。その虚ろな目から一筋の涙が零れる。  そして聞き慣れない詠唱を口にすると、持っていたナイフで自分の首を切った。  血飛沫が視界を赤く染めたと同時に、彼の体に記された呪文が禍々しい光を帯びた。  次の瞬間には、その光が勢いよく破裂し周囲一帯を覆い尽くした。  そこで私は意識を完全に失った。

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