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 見ると、少し離れたところに凄まじい怒りの形相のクロが固く拳を握って立っていた。  ひ、ひぇぇぇ! だ、誰だよ、お前!  もはやあのもふもふで可愛いクロの名残など欠片も残っていない。 「私のソウシから離れろ! さもなくば殺す……ッ!」  ズンズンとクロがこちらに近付くほどに烈火の如き怒りの熱量が強く感じられた。  あれ絶対俺から離れても殺す目だよ……! 「はぁ? 強姦魔がなに図々しいこと言ってんだ? これは俺のだ。俺専属の性奴隷兼荷物持ちだ」  俺に覆い被さっていたアーロンが起き上がり剣を構えた。  というか、その人権を無視した呼び方やめろ! 「ふざけたことを言うな! ソウシは私の番だっ」 「うわぁ、重いわー、引くわー。思い込みが激しい妄想野郎はあの根暗一人で十分なんだよっ、と」  挑発するように言って、アーロンが地面を蹴りクロに向かって行った。  切っ先が的確に急所を狙うが、クロがそれを素早く避ける。クロも蹴りや手刀をアーロンの体に打ち込もうとするが、なかなか入らない。  うわぁ、すげぇ……!  それぞれの攻防が目にも留まらぬ速さで繰り広げられ、当事者だというのに俺は感心してその様子を見守っていた。  正直俺としてはこの攻防戦が永遠に続いてほしいところだ。それが無理なら、相打ちで同時に倒れてほしい。  間違ってもどっちか一人が勝つなんてことにはなってほしくない。勝敗が決まった瞬間、俺は勝者にいいようにされてしまうのだから……。  自分の行く末がかかっているため、手に汗を握って二人の闘いを見守っていたのだが、ふとあることに気付いた。  ……ん? いや、待てよ。俺、ここで待っておかなくてよくない?  二人の闘いに圧倒されていた俺はポン、と手の平で拳を叩いた。  よし、逃げよう。  俺を賭けて闘っている二人を前にして、判断に迷いはなかった。  ここにいても勝敗がついた時、俺の身は危険にさらされるだけだ。それなら逃げた方がいいだろう。たぶん真っ直ぐ森を進めばチェルノたちがいるところに戻れるはずだ。  散らばった服を着て逃げ出す準備をしていると、二人の会話が耳に入ってきた。 「ソウシは私の番だ! 私の子を産むのだ!」 「はぁ? あいつ男だぞ。お前あいつの股にぶら下がってるものが見えないのか? 小さくてかなり粗末だが一応ついてんだろ」  粗末は余計だ!  しかしアーロンの言うことは正論だ。 「ならば体を雌にすればいいことだ。これだから人間は了見が狭くて困る」  クロがハッ、と鼻で笑いながら長い脚を横に切る。それを後ろに飛び退いてアーロンが避けた。 「お前は分かってねぇな、男の体だからこそ男のプライドごと犯すのが楽しんだろうが」 「……ッ、この下衆が!」  全くもってその通り!  アーロンのゲスの極みとも言える言葉にクロの猛攻が一層激しくなる。アーロンはそれをひょいひょいとかわしながら、にやりと笑った。   「感情的になりすぎるのは良くないぜ。攻撃が単純になってくる」 「うるさいっ、黙れ!」 「分かった、重大報告を一つして黙ってやる。――あいつは既に俺の子を産んでいる」 「な……っ!」 「はぁぁぁ!?」  とんでもない嘘を吐くアーロンに思わず叫んだ。

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