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 明らかに相手の隙を作るための嘘だ。あからさまでベタなやり方だが、効果はてきめんのようだった。素人の俺から見てもクロの攻勢が緩んだのが分かった。  その隙をゲスの極みのアーロンが見逃すはずがない。剣の柄をクロの顎に下から強く打ち込む。   「――ッ!」  そのまま肘でみぞおちを突き、クロを地に伏せさせた。そしてすかさず立ち上がろうとするクロの背後から跨がり、首筋に剣をあてた。 「……ッ」  皮膚にぴとりと当てられた剣に動きを止めたクロに、アーロンがククッ、と喉を鳴らして笑った。 「お前相当あの淫乱に惚れてるらしいな。普通あんなくだらねぇ嘘に騙されねぇよ」 「……ッ、貴様!」  ギリ……ッ、と奥歯を噛んでアーロンを睨みつけた。  しかし殺気に満ちた睨みを受けながらもアーロンはハッと鼻で笑うだけで少しも怯むことはない。 「でも残念だが、あれは俺のものだ。……勇者様の所有物に手を出したこと死ぬほど後悔させてやる」  アーロンにしては珍しく冷ややかな声でそう言い放つと、剣を振り上げた。  やばい、クロが殺される……! 「や、やめろ! そいつはクロなんだ!」  俺は咄嗟に叫んだ。 「え?」  俺の言葉に剣を振り下ろしかけたアーロンの手が止まった。  すると、その隙を突くようにクロが思い切りアーロンの胸元に肘鉄を食らわせた。 「ぐ……ッ!」  アーロンが濁った呻きを漏らす。しかしクロは容赦なくその首を片手で鷲掴み、アーロンを地面に押し倒した。その上に覆い被さり、一瞬のうちに形勢は見事に逆転した。 「ッ、くそ、が……っ」 「貴様、さっき私に死ぬほど後悔させてやると言ったな? それはこっちの台詞だ。貴様は普段から嫌がるソウシに迫ってひどく不快な存在だった」  冷たく吐き捨てるように言いながら、アーロンの首を絞める手の力をさらに強める。 「ぐ……っ!」  アーロンが苦しげに顔を歪める。そんなアーロンを見るのは初めてで俺は慌ててクロに叫んだ。 「ちょっ、クロ! やめろ! そのままじゃアーロンが死んじゃうだろ!」  するとクロはアーロンに向けていた冷たい怒りの表情から一転、柔らかな微笑みで俺の方を振り返った。 「大丈夫だ、殺しはしない。動けないようにして、ソウシが私の子を孕むところを見せつける。殺すのはそれからだ」  ひ、ひえぇ……っ! なんだその狂った計画は……!  色々と物騒な宣言に俺は震え上がった。 「まずは動けないようにするか」  そう言って首を掴んだまま、クロは詠唱を紡ぎ始めた。  や、やべぇ……! このままじゃ色々とやべぇ!  とりあえずどうにかしてクロの詠唱を止めなければ、と思い口を開くと、 「……その色欲馬鹿を殺すのはいい案だ。だが、ソウシは俺のものだ」  聞き覚えのある声が背後から聞こえて振り返る。そこにはドゥーガルドが立っていた。 「ドゥーガルド……っ!」  目を見開く俺に、ドゥーガルドが優しく微笑みかけた。 「……遅くなってすまなかった。手柄を横取りしようとしたあの馬鹿に笛を奪われてしまってな」 「え?」  その言葉に、そういえばアーロンがドゥーガルドは寝ていると歯切れが悪そうに言っていたことを思い出す。  こんな時に仲間を出し抜こうとするなんて、さすがはアーロンというべきか……。  俺はハァ、と溜め息を吐いた。 「でもよくそれでここまで来られたな」 「……精神を研ぎ澄まし、ソウシの気配を感じる方へ向かったらここに辿り着いた」 「いやそれすごすぎだろ!」  なんだよ、その俺に特化した特殊能力は!? ストーカーって極めるとそんな能力が身につくわけ!? 「……まるで運命の赤い糸で繋がっているみたいだな」 「頬を赤らめるな! 乙女か!」  思わず大きな声でツッコミを入れると、詠唱を紡いでいたクロがこちらに気付き振り返った。 「また邪魔が来たか……ッ」  クロは忌ま忌ましそうに舌打ちをして、アーロンの首から手を離し立ち上がった。 「ゴホッ、ごほ……っ」  咳き込むアーロンを無視してクロはドゥーガルドを睨みつけた。

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