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「貴様も前々から目障りだった。ソウシにべったりまとわりついて鬱陶しいことこの上なかった。この機に貴様も消してやろう」
獰猛な笑みでもって、クロが挑発的に言葉を吐き捨てた。
ドゥーガルドは俺の前に出て剣を構えた。
「……それはこちらの台詞だ。あの愛らしい姿と柔らかな毛並みでソウシを手籠めにして、俺からソウシの隣の座を奪ったこと、俺は絶対に許さない……っ。次からは俺を間に挟め。そしてその柔らかな毛も大人しく触らせて貰う」
「あ、ドゥーガルド、触りたかったんだ……」
そういえばドゥーガルドも小動物とか可愛いもの好きだったな……。
緊迫した空気には変わりないが、ドゥーガルドのズレた天然発言に肩の力が抜ける。
ドゥーガルドは真剣そのものなのだが、言われたクロの方はおちょくられたと思ったのだろう。額に青筋を浮かべて表情をさらに険しくした。
「ふざけるな……っ」
勢いよく地を蹴りドゥーガルドに飛び掛かろうとしたその瞬間、クロの体が後ろに傾いだ。
見ると、上半身だけ起こし手を伸ばしたアーロンがクロの尻尾を掴んで引っ張っていた。
そして地面に仰向けに倒れたクロの首を腕に回し羽交い締めにした。
「根暗野郎! 今だっ、やれ!」
「……分かった」
ドゥーガルドは頷くと、なぜか剣を鞘に戻した。そして次には俺を横抱きにして、そのままアーロンたちに背を向け森へと走り出した。
「……え、ええええええ!? 嘘だろ!? あそこで普通逃げるか!? やれって言葉ガン無視!?」
思わず俺は叫んだ。
いや、決してクロがやられるのは本望ではない。でもあの流れはどう見ても、クロにとどめを刺すところだろ!
「……違う、無視じゃない。あの馬鹿は俺に『ここは俺に任せてソウシと逃げて結婚をし子を授かり末永く幸せに暮らしてやれ』と言ったんだ」
「絶対違う!」
どんな解釈だよ!
言葉を曲解するどころか、跡形もなく元の言葉砕いて別の意味に組み直してるくらいひどい解釈だ。
「くぉらぁ! 待て、この根暗陰険むっつり野郎ぉぉぉぉ!」
「ソウシを離せ!」
後ろから猛スピードで追いかけてくるアーロンとクロに、ドゥーガルドはチッと舌を打った。
「……なぜこっちに来る。仲良く殺し合っていればいいものを」
「そりゃあ俺を抱いて逃げてるもの! 追ってくるだろ!」
自分で言うのもなんだけど、奴らの狙いは俺だからね!?
鬼の形相で追いかけてくる二人と、俺を抱きかかえて逃げるドゥーガルド。この地獄のような構図の鬼ごっこは結構な時間続いた。
ハァ、ハァ、とへろへろに疲れきった呼吸が響く頃には、三人の走る速度はかなり落ちていた。
これでは埒があかないと思ったのだろう。ドゥーガルドは足を止めると俺を降ろし、二人に剣を構えた。
「……っ、はぁ、はっ、このままでは、っ、いつまで経っても埒があかない。ここは、シンプルに、勝った者がソウシを娶ることとしよう。はぁ、はぁ、ッ、まぁ、私の勝利は確定だがな」
「ちょっ、勝手に何言ってんだ! というかそんな息ゼェゼェさせてよくそんな強気なこと言えたな!」
その自信はどこからくるわけ!?
「ハァ、はぁ、っ、いい考えだな、受けてたとうではないか……っ」
「ははっ、ハァ、ッ、無理すんなよ。どう足掻こうと、勇者様に勝てるはずなんか、ないん、っ、だからな……はぁ、ッ」
息を荒らげながら、残り二人も戦闘態勢をとりドゥーガルドの提案に乗った。
だからなんでみんなそんなに疲れきってるのに余裕な感じで勝負に乗るわけ!? アホなのか!?
正直、今の疲れきった三人なら、性能のいい武器さえあれば俺でも倒せそうだ。
「っ、ぜってぇ勝つ……!」
自分を鼓舞するように叫んだアーロンの声を皮切りに、かくして俺を賭けた恐らくこの世で一番無駄な闘いの火蓋が切られた。
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