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 どんな悲しい過去があろうとも、やっていいことと悪いことがある。強姦、絶対だめ!  あぶねぇ……! また流されるところだった……!  ふぅ、と冷や汗を拭いながら、キッと気合いを入れ直すと、上目遣いでじっとこちらを無言で見詰めるクロと目が合う。  悲しげな潤んだ瞳に、胸がきゅうと締め付けられた。  そ、そんな捨てられた子犬みたいな目をするなよ……! 反則だ……!  今にでも抱き締めてあげたくなるような表情だが、ここで絆されてしまったら不穏分子をまたひとり抱え込むことになる。それは避けたい。  心の中で良心と警戒心とで葛藤していると、不意にクロが視線を逸らし、そのまま背中をくるりと向けた。  そして何も言わないままとぼとぼと森の方へ歩み始めた。 「やっと諦めたか、あの犬」  ふぅ、と溜め息を吐いてアーロンは剣を鞘にしまった。 「さぁ、俺たちも行くか」 「だいぶ予定より遅れているしね」 「クロちゃん元気でね~」  みんなあっさりとクロに背を向けて歩み出した。  え? うそ……、こんなあっさりお別れ……?  こちらが別れを切り出すまでもなくクロが黙って立ち去ってくれたおかげで、心の中の葛藤を自動的に打ち切られた。これは願ってもいない展開だ。  なのに胸が苦しい。  昨日の夜はひどい目にあったというのに頭に浮かぶのは、俺の呼び掛けに嬉しそうに尻尾を振って吠え返す姿や、俺を守るためにグーロの群れに果敢に立ち向かう姿、そして満月の下で涙を目尻に滲ませて「ありがとう」と言ったその微笑み――。  「……ソウシ、行こう」  ぽん、と優しくドゥーガルドが肩に手を置いた。  しかし気付けば俺はその手を振り払って、みんなとは逆方向、クロの方へと走っていた。 「……っ、クロ!」  呼び止めると、クロは歩みを止めゆっくりとこちらを振り返った。  そこに体当たりするくらいの勢いでその首元に腕を回して思いっきり抱き付いた。 「ソウシ……」  俺の行動が思いの寄らなかったのだろう。戸惑いの声が返ってくる。  俺はモフモフの毛に顔を埋めぐりぐりと額を押し付けてから顔を上げた。 「言っとくけど、昨日の夜のことは全然許してないからな!」  キッと目尻を吊り上げて睨むと、クロは怯むように視線を逸らした。 「す、すまない……。だがどうしてもソウシとの子が欲しくて……」  しゅん、と耳を垂らしてしどろもどろに言い訳をするクロは、いたずらをして飼い主に叱られる犬そのものだった。 「だからってあんなことしていい理由にならないからなっ。まだケツも痛いし!」 「すまない……」  ますます項垂れて体を縮めるクロに、俺は大きく溜め息を吐いた。 「謝ってすむ問題じゃないからな。こっちはそのせいでケツが痛くて歩くのもきついんだからな! ……だから罰として、王都まで俺を背中に乗せる刑だ!」  判決を下す裁判官のように言い放つと、クロがバッと勢いよく顔を上げた。

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