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第7話 安定のクズ勇者
その声が誰のものかなんて顔を見なくても分かった。
懇願を一蹴されて心の底からわき上がってきたのは絶望ではなく怒りだった。
俺は顔を上げて奴を睨み付けた。
「~~~っ! 人がこんなに必死で頼んでるのに、本当に最低な奴だな!」
この人間のクズ!
人でなし!
クソ野郎!
どんなに口汚い罵倒の言葉を並べても、奴の最低さには遠く及ばないほどだ。
俺の睨みなど全く意に介していないようで、クズ野郎は鼻で笑って俺の睨みを軽くあしらった。
「必死に頼めば何でも人が自分の望みを聞き入れてくれてると思ってるのか? それは随分とおめでたい頭をしてるな」
「そ、そんなんじゃねぇよ! ただ、人がこんなに頼み込んでいるのに少しくらい真面目に考えてくれたっていいだろう!」
「考える時間ももったいない。お前が無益な人間だということは見ただけで分かるからな」
「な……っ!」
こ、こいつ……!
こめかみに浮き上がった青筋が怒りで破裂寸前だ。
「どういう意味だよ!」
「どういう意味も何もそのままの意味だ。お前を連れて旅することに何らメリットを感じられないってことだ。ここまではっきり説明しないといけないのか。あー、時間の無駄。無駄にした時間を換金して返してほしいくらいだ。こうなると無益というよりもはや有害だな」
クズ野郎は大袈裟に溜め息を吐いた。
初対面のクズにここまでけなされるなんて心外だ!
俺は立ち上がり、息巻いて奴に詰め寄った。
「人が無益だとか勝手に決めつけんな!」
「じゃあ聞くが、剣は振れるか?」
「……っ」
俺は言葉に詰まった。
剣なんて持ったこともない。
チャンバラくらいならしたことがあるが、そんなもの剣を振った経験に入るはずがない。
「じゃあ弓は?」
「……使えない」
「魔法は?」
「……俺の世界に魔法なんてなかった」
どんどんと声が小さくなっていく俺の答えを聞き終えると奴はにっこりと笑った。
「はい、無益確定~!」
「ぐ……っ!」
く、悔しい……!
でも言い返す言葉もない。
息巻いて向かっていった分、恥ずかしさも情けなさも倍増だ。
奥歯を噛みしめて俯いていると、
「フン、ようやく自分の身の程ってもんが分かったようだな。だったら、さっさとこの道を引き返せ。今から歩けば夕方くらいまでには村に辿り着くはずだ」
そう言って、奴は木々の茂った薄暗い道を顎で指した。
不気味な獣の鳴き声がどこか遠くで響いた。
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
「……まさか、この道を一人で戻れと?」
「当たり前だろう」
クズ野郎は当然のように言った。
ですよねー!
今までの会話の流れで奴が村まで送り届けてくれるはずがないことは分かっていたが、それでも縋るような期待を一蹴された気持ちだ。
「……っ、お前、さっきこの森にはモンスターがウジャウジャいるって言ってたよな!? その森によく剣も弓も魔法も使えない人間に一人で行けって言えるな!?」
この人でなし!
というかもはやコイツはモンスターなんじゃないか? とまで思ってしまう。
「それは剣も弓も魔法も使えないお前の自業自得だ」
「自業自得って、俺は好きでここに来たわけじゃねぇ! 事故に遭ったようなもんだ! 俺は被害者だ!」
好き好んでここにきたわけではないのに自業自得とは、全く理不尽だ。
「お前が被害者だからといって俺たちがお前を助ける理由にはならない。被害者は無条件で助けられて当然と思ってるのか? 甘ったれだな」
侮蔑の視線とともに寄越されたクズ野郎の言葉に、俺は奥歯を噛みしめた。
自分の考えが甘ったれなのは重々承知だ。
それでもやっぱり、せめて村までは無事送り届けて欲しい……!
なんとか送ってもらえないか交渉しようと口を開きかけたが、それを遮るようにクズ野郎が俺を指差してあざ笑うようにして言った。
「もし俺たちに村まで送り届けて欲しいなら、少なくとも人間百人分の命を無駄にしても納得の出来るお前の価値と俺たちにとっての利益を証明しろ」
「はぁ? どういう意味だよ!」
「言葉の通りだ。お前を助ける利益を証明できないのなら俺たちはお前を送り届けることはできない」
「利益とか無益とか……っ、お前は人の命を損得でしかはかれないのか!」
「それ以外で何ではかる?」
真顔で返されて、俺はたじろいだ。
「それは……」
「俺たちは今、魔王を倒すために旅をしてるんだ。お前を村まで送り届ければ最低でも一日遅れが出る。つまり、魔王を倒すのが一日遅れると言うことだ。その一日で、魔王が日々世に放っているモンスターに殺される人間が何人出ると思う? ……お前は、自分のせいで俺たちを足止めして殺された人間たち以上の価値があるのか?」
蔑むように目を細めて奴が問う。
俺は唇を噛みしめるしかできなかった。
「……答えは出たな。残念だが、俺たちはお前を送り届けることはできない」
奴はそう言うと、俺に背を向け歩き始めた。
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