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第12話 ピンチ!ピンチ!ピンチ!
「はぁ~、食った食った~! もうお腹いっぱいだ!」
俺は幸せな満腹感に浸りながら、そのまま仰向けに倒れた。
あ~、幸せだ~!
冗談抜きでこの世界に来て一番幸せなくらいだ。
人間、辛いと些細なことも幸せに感じると言うけれどそれを身に染みるほど実感している。
ふいに、ドゥーガルドの手が俺の頭に伸びた。
そしてそのまま俺の頭をなでなでと撫ではじめた。
まるで犬猫を撫でるような優しい手つきだ。
「……ドゥーガルド?」
ハテナマークを頭にいっぱい飛ばしながらドゥーガルドを見上げる。
するとドゥーガルドは慌てて手を離した。
「……すまない、つい可愛いと思って」
「可愛い!?」
何が!?
まさか俺!?
どう考えても俺は可愛いの範疇には入らないと思うが、状況的に俺しかいない。
「えっと……旅の疲れで目がやられたとか?」
大いにあり得る。
もしくは頭がやられたか。
「……そっくりなんだ」
「え?」
まるで過去の想い人のことを振り返るような甘く切ない声で言うので俺は目を丸くした。
ドゥーガルドはじっと俺を見詰めながら言った。
「……本当にそっくりなんだ。おいしそうにものを食べる姿なんか特に。昔、近くの家に家畜として飼われていた黒い子豚と」
家畜!? 子豚!?
聞き捨てならない言葉だが、ドゥーガルドには全く悪意というものがなく、それどころか目元は愛おしげに緩んでいる。
「……可愛い」
そう言ってまた俺の頭を撫ではじめた。
払いのけるほど不愉快ではないけれど、正直心境は複雑だ。
……いや、まぁ、人権無視も甚だしいあのクズの扱いよりはいいんだけど、家畜の子豚と重ねられるのもなぁ……。
「……荷物持ち、頑張っているな」
「え、あ、うん、まぁ……」
子豚扱いの尾を引いていた俺は、突然のねぎらいに戸惑いながら頷いた。
「……正直、すぐ音を上げると思っていた。だがここまで耐えるとは見上げた根性だ」
「ははは……」
俺はドゥーガルドの賛辞に苦笑した。
内心は音を上げまくっていたけれど、生死に関わるので何とか持ち堪えていただけだ。
ガサガサ……
突然、背後で草むらが不穏な気配と共に揺らいだ。
俺がそれに気づいて振り向いた時には、既にドゥーガルドは腰に携えている剣の柄を握り構えていた。
そこに俺を撫でていた時の柔らかな表情などはなく、緊張を張り詰めた鋭い顔つきになっていた
「……何がくるか分からない。俺より後ろにいろ」
小声で指示を出すドゥーガルドに俺は黙ってコクコクと頷き彼の後ろに移動した。
ガサガサ……ガサガサガサガサ……--
気配と物音を大きくしながらどんどん迫ってくる何かに唾を飲み込む。
そしてその気配がほぼ実体と化したと同時に草むらからモンスターが現れた。
モンスターは植物型のもので、四方に蔦をうねうねと伸ばし、中心には人食い花のような大きな花が凶悪そうな口を開いている。
体長は優に俺の三倍は超えるくらいで、横幅も小屋程度はある。
中心から伸びた雄しべのようなものの先端には目玉がついていて、それらがぎょろりと俺たちの方へ向いた。
モンスターは刺々しく尖った鳴き声を上げると、蔦をムチのようにして俺たちの方へ振り上げた。
ドゥーガルドがすぐさま反応し振り下ろされた蔦を薙ぎ払った。
切り落とされた蔦は生き物のように地面でのたうった。
しかし、モンスターの蔦は何事もなかったようにまた再生した。
「……やっかいな奴だ」
ドゥーガルドが舌打ちをすると、俺の方へ振り向いた。
「……頼みがある。アーロンたちを呼びに行って欲しい。アーロンには金になりそうなモンスターがいると言ってくれ。俺はここでこいつの相手をしておく」
「わ、分かった!」
俺は怯む体と心を叱咤しながら何とか立ち上がり、アーロンたちの元に駆け出した。
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