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第29話 出発の準備はいいですか?

**** それからは戦いの日々だった。 もちろんモンスターではない。 パーティー内にいるケダモノ二匹だ。 隙あらばアーロンが俺に襲いかかり、それをドゥーガルドが撃退。 しかし感謝する間もなくドゥーガルドが熱い視線を据えたまま俺を押し倒し「……もう我慢できない」とのし掛かる。 それを今度はアーロンが蹴りや拳で追い返す。 そこから、とても魔王討伐を目指す者たちとは思えない下劣な争いが始まる。 いよいよ目も当てられないとなったところで、チェルノが魔法を使って二人を止める。 そんな、もういい加減にしてくれと叫びたくなる日が続いたが、ついに、ついに魔獄島を目前としたところまでやったのだ。 よ、ようやく、元の世界に帰れる兆しが見えてきた……! 空は暗い雲が立ちこめ、海は血のように赤い。 しかしそんなおどろおどろしさしか感じない島が、俺には希望の地に見えてならなかった。 それほどまでに、アーロンとドゥーガルドのやりとりに疲れきっていたのだ。 「やっと魔獄島が見えたね~! 誰かさんたちのくだらない争いのせいで随分遅くなったけど~」 チェルノが笑顔で俺たちの方を振り返る。 お、俺は悪くないぞ! 「あ~、だりい。魔王なんかさっさと片づけて早く都に帰ろうぜ。都ならいい媚薬とか玩具がいっぱいあるしな」 アーロンがあくびをしながらいった。 魔王の根城を前にしているとは到底思えないのんきさだ。 「魔王をナメすぎだろ! つーか、その媚薬とか玩具っていうのはまさか俺に使う気じゃないだろうな!」 「お前以外に誰がいるって言うんだよ。野外じゃやっぱりいろいろ不便だからな。いろいろ充実している宿に連れていってやるよ」 「なに話を勝手に進めてんだ!」 「……そうだ、勝手に話を進めるな。残念だが、この旅が終わったらソウシは俺の家に来て家族に挨拶することになっている」 「いつそうなった!?」 俺の肩を抱き寄せながらドゥーガルドが覚えのない予定を確定事項のようにさらりとのたまうので俺は面食らった。 「はいはい、とりあえず今後については魔王を倒してから話し合ってね。まずは魔獄島にこの船で渡りきることを考えてね」 近くの村で借りた木の船を岸辺に浮かべながらジェラルドが言った。 確かに、岸から魔獄島までは結構な距離がある。 空には不気味な鳥型のモンスターが旋回しながらこちらを見下ろしていて、俺は思わずごくりと唾を飲み込んだ。 鳥型のモンスターはジェラルドの弓矢でどうにかなるかもしれないが、それでも不安定な船の上を敵が狙ってくるのは目に見えている。 不安だ。 でも、敵の襲撃よりももっと心配なことがある。 「……みんな、ちょっと船に乗る前に話があるんだけど」 船に乗り込もうとするアーロンたちを呼び止めた。 「……どうした?」 「えーっと、とりあえずみんなこっちに来てくれる?」 みんな首を傾げたが、とりあえず岸に戻ってきてくれた。 「はい、来てくれてありがとう。それじゃあ次に、ここにみんな正座してください」 「え~?」 みんな困惑を深めたが、ドゥーガルドは従順すぎるくらい早く、チェルノは首を傾げながらも割と素直に、ジェラルドはチェルノが正座するならとばかりに彼にならって、正座をした。 アーロンは「何で俺が正座しないといけねぇんだ!」と断固としてしようとはしなかったが、まぁそれはいい。 最初から予想はついていた。 俺はこほん、とひとつ咳払いして口を開いた。 「今から船に乗るわけだけど、確かに敵からの奇襲がこわいよね。わかる。すごくわかるよ。でももうひとつ大事なこと忘れてない?」 「……いってらっしゃいのキス」 「新婚か!」 そんな扱いに困るボケを真顔で答えるな! 「え~なになに~?」 「分かんないよね、チェルノ」 「勿体ぶらずに早く言えよ。俺はじらすのは好きだが、人にじらされるのは大嫌いなんだ」 本当に心当たりがないといったみんなの反応に俺のこめかみがピキリと引きつった。 「~~~っ、どう考えてもこの荷物を船に乗せたら沈没するだろうがっ!」 ドンっ、と投げ捨てるようにして背負っていた荷物を浜に降ろした。 その衝撃で浜の砂が舞い上がった。 降ろした途端、やっと肩に血が巡った。 血をせき止めるほどにこの荷物は重いのだ。 あんなオンボロの木の船に乗せたら、確実に沈むに違いない。 そんな簡単なことすらなぜ予想がつかないのか。

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