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第30話 異世界で断捨離!
「あ~、そういえばそうだったね~。ずっと背負ってなかったから忘れてたよ~」
でしょうね!
ずっと俺が荷物持ってたからこの重み、忘れてたでしょうね!
「ということで、俺は昨日夜なべして、いるものといらないものを分けました。……その結果がこれだ!」
ドサッ、と荷物の中から不要なものを取り出した。
本やモンスターからかっぱらったアイテムなどなど……。
俺の前には不要物の山ができた。
これが食料やランプなど最低限必要なものを除いたもの全部だ。
「不要なもの多すぎだろ!」
薄々、旅に必要ないものもあるなとは思っていた。
だが、これほどまでに多いとは……。
昨日の夜、選別を終えた俺は不要なものの山の前で膝を突いてうなだれた。
その後、怒りがふつふつと沸き上がってきたことは言うまでもない。
よくも無駄なものを背負わせやがって……!
「まず、アーロン! こんなもの旅に持ってくるな!」
荷物の山から、グロテスクな大人の玩具を取り出して、腕組みをして立つアーロンに投げつけた。
「ちょ、投げんな! あ、つーかこれ持ってきてたんだ。忘れてた」
「忘れるようなものを持ってくるんじゃねぇ!」
「悪かったな。お詫びに今度使ってやるよ」
「どんだけ謝意のないお詫び!?」
相手の怒りを煽ること間違い詫び方だ。
ドゥーガルドが溜め息をついた。
「……全く、こんなのが勇者ときいて呆れる。そもそもそんなおぞましいもので荷を重くしてソウシを苦しめていたとは……万死に値するな」
「いやいや、お前も無駄なもの入れてたから!」
「……!?」
全く見当もつかないとばかりに目を見開くドゥーガルド。
その瞳にはショックで泣きそうな気配すら漂っている。
……不要だという自覚がないのがまた厄介だ。
俺は溜め息をついて荷物の山から本を取りだした。
どれも辞書並に厚い本ばかりだ。
しかも本のタイトルが『魔獄島の可愛い生き物たち』『かわいい植物図鑑~魔獄島編~』『本当にいる!? 魔獄島の妖精たち』などという、女子の旅行鞄に入っていそうな可愛らしい表紙のものだ。
「旅行気分か! というか、魔王討伐だぞ!? 目的見失ってないか!?」
「……すまない。だが、絶対に妖精はいるんだ」
「知るかぁぁぁ! というかそこが論点じゃない!」
もういっそお前のその純真無垢さが妖精だわ!
「とりあえず、これは置いていくぞ」
「……分かった。でもこれだけは……」
そう言うと、ドゥーガルドは『本当にいる!? 魔獄島の妖精たち』の一ページを破って自分の懐に入れた。
「……うん、まぁ、いいや。妖精さんと会えるといいな」
呆れを通り越して生ぬるい目で見つめながら言うと、ドゥーガルドは子供のように微笑み「……見つけたらソウシにも見せてやるからな」と言った。
……うん、見つかるといいね。
俺はしきり直しに咳払いして、チェルノを振り返った。
「次はチェルノ。……こういう本はこっそり家で読んでおくものじゃない?」
俺は数冊の本をチェルノの前にそっと置いた。
その本はどれも『事故に見せかけて殺す100の方法』とか『背後をねらえ! ~最新暗殺方法~』とか『食事に混ぜてもばれない! 毒キノコ100選』とか物騒なものばかりだった。
しかもかなり読み込んでいて、受験生の参考書並に書き込んでいる。
こんな憎悪と執念が染み込んだものを背負っていたのかと思うと、恐怖で背筋が凍りそうだった。
「もちろん家でもちゃんと読んだよ~。でも復習は大事でしょ~? それに眠れない夜はこの本を抱いて寝るとぐっすり眠れるんだ~」
心の闇がにじみ出た本たちをぎゅっと抱きしめながらそう言うチェルノの目はまるで子供のようで、それがさらに怖かった。
「眠れない夜があるなんてチェルノは可愛いね! でも今度眠れないときは僕が添い寝してあげるからね!」
「黙れ、この不眠の元凶が」
ギロリと隣のジェラルドを睨みつけるチェルノの目は、物騒な本のタイトルなど可愛くみえるほど殺意でたぎっていた。
「え、えっと……こちらは、置いていってもよろしいでしょうか?」
殺意マックスのチェルノに怯えながらもおずおずと確認すると意外にも「いいよ~」とあっさりと了承が返された。
「もう熟読して中身は覚えてるからね~」
「チェルノはやっぱり頭がいいね!」
「あはは~、早く魔獄島につかないかな~」
凄惨な殺人事件が起きる予感がしてならないが、隣で笑う鋼の心の持ち主であるジェラルドに心の中でお悔やみをあげながら、荷物減らしを続行した。
「あと、これなんだけど、この貝は誰の?」
手のひらにおさまるほどの白い巻き貝が五個ほど、荷物から取り出した。
昨日の夜、これが荷物から出てきた時は「夏の思い出か!」と突っ込まずにはいられなかった。
「持ち主がいなければこの砂浜で捨てるけどいい?」
なんとはなしに、貝を耳に当てる。
立派な巻き貝を見た人間ならだれしもがしたくなる自然な行動だ。
しかし、貝の中から聞こえてきたのは波の音なんてものじゃなかった。
『……んぁあ、っあん、あああっ!』
湿った熱さえ鼓膜に這い寄ってきそうなほどの甘い喘ぎ声に思わず俺は「わぁぁぁぁぁぁ!」と叫びながら浜に打ちつけた。
その衝撃で貝が割れると、今度は大音量で貝の中からおぞましいほどの喘ぎ声があふれ出た。
俺の声に似たその声に、この間アーロンに媚薬を飲まされた一件を思い出した。
まさかあの時の声!?
もしかしてアーロンの仕業か……?
アーロンをキッと睨みつける。
しかし名乗り出たのは意外な人物だった。
「あ~あ、もったいないことしないでよ。貴重なチェルノの喘ぎ声が」
割れた貝をかき集めると、ジェラルドはうっとりとした顔でそれを耳元に寄せた。
隣のチェルノは青白い顔をこわばらせている。
「へぇ、チェルノの喘ぎ声こんなんなんだ。ソウシと似ているな」
空気を読まずに感心したようにアーロンが言う。
奴には気遣いとか優しさといったものが完全に欠如しているようだ。
「アーロン黙れ! つーか、そもそもなんだこれ!?」
「これは蓄音貝(ちくおんかい)って言って、音をこの貝の中に封じることができるんだ」
得意げにジェラルドが説明する横で、チェルノがふらりと動いた。
そして魔法の杖を振り上げて、畜音貝めがけて打ちつけた。
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ……」
瞬きひとつせず、瞳孔が開いた目で粉々になる貝を凝視しながらひたすら叩き割るチェルノからは負のオーラがほとばしっていた。
「あはは、せっかくの僕の宝物が壊れちゃった。……まぁ、また畜音すればいいか」
ぼそりと最後に恐ろしいことを言うジェラルドに俺はぞっと鳥肌が立った。
お、お前ら本当になにがあったの!?
それからも荷物の選別は続き、結局、不要なものは荷物の半分以上にものぼった。
それらはチェルノが持っていた、掛けたものを透明にする魔法のベールで覆い隠し、岸の近くの茂みに置いていくこととなった。
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