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とりあえず部屋の片づけは二人に任せ、俺は大浴場に向かった。
幸いにも人がいなかったので、人目をはばからず中に吐き出されたものを掻き出すことができた。
湯に浸かりながら、大きくため息をつく。
部屋に戻りたくないなぁ……。
ベッドが真っ二つになったことはもちろん、媚薬を使われたとはいえ、あんなあられもない記憶がこびりついた部屋に戻りたくない。
とりあえず部屋の弁償はアーロンたちにさせるとして、新しい部屋を提供してもらおう。
風呂から上がって服を着ると、俺はその足で受付に向かうことにした。
ミシェットさんに会うのめちゃくちゃ気まずい……。
重いため息を吐きながら自分の部屋とは反対方向に廊下を歩いていると、
「おい」
後から呼び止められ、ビクリと小さく飛び跳ねた。
振り返ると、アーロンとドゥーガルドが立っていた。
「どこ行くんだよ」
問いつめるような厳しい視線を寄越され、俺はたじろいだ。
「いや、部屋があんなことになったから新しい部屋を貸してもらおうと思って……」
「……それなら心配はない。俺の部屋で一緒に寝ればいい。そして続きを……」
「誰がするかぁぁぁ!」
熱い視線と甘い声を振り払うようにして叫んだ。
「ははは! ふられてやんの! 超ざまぁ!」
腹を抱えながら指さして笑うアーロンをドゥーガルドが冷たい目で睨んだ。
「……黙れ。ソウシは恥ずかしがってるんだ。お前がいなければソウシはもっと素直に頬を赤らめながらおねだりしてくれる」
「いや、しねぇよ!」
何勝手なこと言ってやがんだ!
つーか、その、主人にじゃれついたら振り払われた犬みたいな悲しげな目をやめろ!
俺が悪いみたいじゃんか!
「……つーか、お前はなに誰にでも簡単に股開いてんだよ、あぁ?」
ヤンキーのような顔つきでアーロンは俺の首に腕を巻いて引き寄せると、拳骨を頭の上でグリグリと回した。
第二間接を立たせているので、意外に結構痛い。
「いたたたたっ! いてぇよ! やめろ!」
「うるせぇ! 人に変な呪いかけといて自分は他の男といいことしてるとか、性玩具奴隷荷物持ちのくせに生意気だ!」
「性玩具奴隷荷物持ち!? なんだその不名誉極まりない呼び名は! つーか、呪いってなんだよ」
屈辱しか与えない呼び名も気になるが、呪いという言葉が引っかかった。
魔法がある世界では呪いも普通にあるのかもしれないが、魔力も何もない俺にそんなものが使えるはずがない。
変な言いがかりはよしてほしい。
どうせ完全に自分が悪い出来事を俺に責任転嫁しようとしているのだろう。
そうはいくかと、下から睨み上げる。
「言っとくけど俺は呪いなんか使えねぇからな」
「はぁ!? ふざけんな! 何見え透いた嘘ついてんだよ!」
俺の頭に押しつけている拳骨がさらにゴリゴリと回転速度を増す。
「いてててて! ちょ、ちょっと待て! このままこれ続けたらマジで頭が燃えるって!」
「じゃあさっさと呪いときやがれ」
「だから俺は呪いとかマジで知らな……っ、いてててて!」
頭に穴がほげそうなほどの痛みと、本当のことを言っているのに信じてもらえず暴力を強いられる理不尽さに泣きそうだ。
「ふざけんなよ……! 俺をこんな体にしておいて!」
「はぁ!?」
訳が分からず涙目で見上げると、アーロンは視線を逸らして苦々しげに舌打ちを漏らした。
そして今までの威勢の良さはどこに行ったのか、ボソボソと小声で言った。
「……いんだよ」
「え?」
「~~~っ、だからっ、お前のせいで勃たなくなったんだよ!」
「はぁぁぁぁ!?」
なんだその俺には一ミクロンも関係のないカミングアウトは。
「お前の下半身の不調なんかしるか! なんで俺のせいなんだよ!」
というか、こんなゲス野郎のモノが不全になったのは、世の女性にはありがたいことじゃないか。
きっと天罰が下ったに違いない。
もしくは今までひどいことしてきた奴らからの呪いか。
それならやっぱり俺のせいにするのはひどい言いがかりだ。
「だからお前が呪いかけたんだろ!」
「なんでそうなる!? 俺は呪いなんかかけられねぇよ!」
「しらばっくれんな! じゃあなんで俺がイキそうになる時にお前の顔が頭によぎるんだよ!」
「はぁ?」
俺はとんでもない発言に目を白黒させた。
そんな俺など無視してアーロンは荒い口調で続けた。
「せっかく可愛い女の子とヤッてんのに、肝心なところでお前のブッサイクな顔が浮かぶんだよ! そしたらなんか分かんねぇけど、その後可愛い女の子の顔を見ても全然勃たねぇんだよっ! どうしてくれんだ!」
半ば狂乱というくらい困惑した様子のアーロンだが、こっちだって困惑している。
どうしてくれんだと言われても……。
え? これって俺が悪いのか?
「……フッ」
すると、今まで静観していたドゥーガルドが口元を手で覆いながら笑い声を漏らした。
最初は肩をふるわせてくつくつと笑っていただけだったが、次第に笑い声が大きくなりついには腹を抱えて笑いだした。
「テメェ、何がおかしい……っ!」
怒りでたぎった瞳をアーロンが向けるが、それをドゥーガルドは鼻で笑って吹き飛ばした。
「……いや。散々人を童貞だの何だの馬鹿にしていたお前がそんな状態になるとはと思ってな。しかしこれで決まったな」
「何がだよ」
険しく眉間に皺を寄せるアーロンから、ドゥーガルドは俺をひょいと抱き抱えて奪った。
「……不全になったお前にソウシは抱けない。つまりソウシは俺のものだ」
とても数時間前まで童貞だった男とは思えない不適な笑みを浮かべてドゥーガルドは言い放った。
「いやいやいや! なにその短絡的思考!? つーか、なんで選択肢がアーロンとドゥーガルドしかないんだよ!」
「……ソウシ、まさか他の男に抱かれたいのか?」
「なんで選択肢が男オンリーなんだよ!」
狂ってやがる!
「え? お前まさかあの小せぇチンコで女を抱く気でいるのか? あはは、ありえねぇ~」
露骨にナイーブな部分を馬鹿にされ俺はキッと目尻をつり上げアーロンの方を振り返った。
「う、うるさい! このインポ野郎!」
「はぁ!? ふざけんなっ! てめぇのせいだろうが! さっさと呪いを解け!」
「だから呪いなんかかけてねぇって言ってんだろ!」
「じゃあ何でこの俺が勃たないんだよ!」
「知るか!」
全く、これじゃあ埒があかない。
ハァと大きくため息を吐くと、唐突にアーロンが俺の体をドゥーガルドから引き剥がした。
ドゥーガルドの眉間に不穏な皺が寄る。
「……アーロン、何をする。ソウシに気安く触るな」
「うるせぇ、一回しただけでデカい面すんな。とりあえず、原因解明のためこいつと今からヤる。邪魔すんな」
「……絶対させない」
怒りの波動を放つドゥーガルドが俺の腕を掴んで取り返そうとしたが、アーロンも力を緩めない。
二人の間でバチバチと火花が飛び散る。
「だから邪魔すんなって言ってんだろうが! この根暗ナイト気取り!」
「……邪魔なのはお前だ。ソウシを離せ。ソウシは今から俺と愛を育むんだ」
「勝手に夢の中で育んでろ! それで一人夢精しとけ、このむっつりロマンチスト! こいつは今から俺が種付けすんだよ!」
ギャアギャアと互いに悪態をつきながら俺の体を引っ張り合う奴らの間で、俺は呆然となっていた。
女の子のよさを分かってもらうために娼館に送り込んだというのに、なんでこいつら俺への執着をこじらせてんだ……?
一体どこで道を間違えたのか……。
俺は涙の滲む溜め息をこぼした。
騒ぎを聞きつけてチェルノが止めに来てくれたのは、もうしばらくしてのことだった。
―了―
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