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弁当男子_5

「おい、離せよっ」  腕を振り払おうとするが、意外と強い力で掴まれていて離せない。  保健室へと向かうと思いきや人気のない場所へと歩いていく。 「おい、いい加減にしろよな」  離せと手を払えば、今度は簡単に払い除けることが出来た。 「それは俺のセリフ。なんで嘘をついた?」 「あ?」 「喧嘩を吹っかけたのはあいつ等だろう!」 「あぁ、その事か。どうせあいつ等の言う事を信じるだろう? だからだよ」  学校の奴等は噂を信じて俺を不良だと決めつけた。  きっと彼らがついた嘘が真実になり、俺が話した真実は嘘へと変わる。  信じて貰えず傷つく位なら、はじめから不良らしい態度をとるだけだ。 「俺は信じるさ。だって、葉月って、人が良いもの」 「はぁ、お前、何を言っているんだよ」  この学校で、そんな事を言ってくれたのは神野がはじめてで、なんだかそれがくすぐったいというか。 「口、ふよふよってしてる」  ふにっと人差し指で唇を押される。 「あぁ?」  恥ずかしさのあまりに神野を睨みつける。 「……い」  なんだ、今度は怖いとか言いたいのかよ。  目つきが悪いせいで睨むと余計に怖がられるわけだ。 「ゴホン、葉月、俺は味方だから」  あ、そうか、さっきのは喉が詰まっただけか。俺はポケットに手を突っ込んで飴玉を取り出す。 「ほら、舐めとけ」  それを神野に投げ渡せば、 「え、飴?」  と小首を傾げた。  俺は自分の喉を指さして、 「咳してたから」  そう言えば、 「あ、あぁ。うん、ありがとう」  神野がふわりと笑顔を俺に向けた。なんてイケメンの無駄使い。俺じゃなくて女子に使えよ、それ。妙に照れるし。 「お、おう」 「じゃぁ、保健室に行こうか」 「なんだよ、ここでするんじゃねぇの?」 「はやく二人になりたかっただけ」  そんな理由でここに連れてきたのか。 「馬鹿じゃねぇの。俺は帰るわ」  心が落ち着かない。 「えぇ、治療するからさ」  引き止めようとする神野の手を振り払う。  これ以上、一緒にいたら心臓がパンクしちまうんじゃないか。  ポケットに手を突っ込んで歩き出す俺の後から、 「また明日」  と神野が言う。きっと笑顔で見送ってくれているんだろうなと、その声から想像する。  俺は返事のかわりに片手を上げ、それを軽く振った。 【弁当男子・了】

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