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誕生日に振り回される_5
「なっ」
バランスを崩しソファーの上に倒れ込めば、神野の手が頬へと触れて撫でられた。
「やめろよ」
それでなくとも落ち着かないのに、余計に困る。その手を払いのけようとするが、
「俺さ、好きな人に誕生日を祝って貰った事が無くてね」
ふ、と、寂しそうな表情を浮かべる神野に、その手はぴたりと止まる。
「俺の親って小さい頃に離婚しててさ。母親は仕事で忙しい人でね。誕生日も、好きなプレゼントを買えって金を渡されてね。なんかさ、虚しくならない?」
だからなのか。俺にケーキを手作りしろと強請ったのは。
弁当だって、家庭の味に飢えているから、あんなに美味そうに食べるのか。
「だから、せめて葉月だけは俺の誕生日を祝って欲しい」
それは俺を友達として好きだと思ってくれているという事か。
クラスの誰でもない、この俺を、だ。
「うわぁ、その反応、やばいって」
俺を見た神野が両手で顔を覆う。
何、俺、今、気持ち悪い表情でも浮かべているのか?
「可愛い」
「なっ!」
「もう、さっきから何なのっ。あーんとか、してくるしさぁ。俺、葉月が可愛くてしかたがないよ」
「なっ、可愛い、だと?」
見た目が怖いと散々言われてきた俺を可愛いだなんて。
「前にさぁ、葉月の作ったおかずを美味しいって褒めた時もさ、嬉しそうに頬染めちゃってさ、たまんないね」
普段、家族以外に褒められる事がないから、つい顔に出てしまっただけで、まさか、いつも何かを呟いていたのは、俺を可愛いって言っていたのだろうか。考えるだけでいたたまれない気持ちとなる。
「あぁ、もうっ、お前、マジで帰って」
これ以上、何かを言われたら、俺の気持ちが保てねぇ。
「俺ね、葉月ともっと仲良くなりたいから、これからは教室でも遠慮しないから」
神野を追い出し玄関のドアの前に座り込む。
きっと女子には睨まれるだろうし、前のように喧嘩を吹っかけられるかもしれない。
やっかいな奴にまとわりつかれたと、明日からの事を思うとウンザリとした。
【誕生日に振り回される・了】
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