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第二話

「さよなら先生!」 「さようならー」 「おぉ」 帰宅する生徒達を見送り、俺は再び教室へと向かう。 放課後になった三年三組教室には、就職希望の生徒達だけが残っていた。 今からこの時間は、就職組の履歴書の書き方。そして面接の練習が行われる。 来年には卒業し。それぞれの道へと向かう三年生。 夏の時期になると、こうして毎日が忙しくなる。 早川だってその一人だ。特にアイツは、高校からそのまま就職を希望している。 本当は推薦で大学にも通えたはずだったが、家の事情で諦めてしまったらしい。 だから本当は、こんな俺なんかに恋をしてる場合じゃないつうのに。 どうしてアイツは、そこまで俺にこだわるんだ。 こんな俺なんかより、美人で可愛い女子達にモテてるくせに。女選びたい放題じゃねぇか。 「チッ、羨ましい奴めっ」 俺の学生時代なんて、ほぼボッチだったし。バイトばっかしてたぞ。 それに。目付きが悪いせいなのか、それとも俺にコミ力がないせいなのか、女子なんて全く寄ってこなかったし。 「だから、あの時が初めてだったんだよな……誰かと付き合ったっていうのは」 そして、三十路を過ぎての二回目の恋。 こんなオッサンになっても、また餓鬼相手に本気になるなんて思いもしなかった。 「まぁけど。どうせまた同じことの繰り返しだ」 どんなに俺が好きになったとしても、相手は卒業してしまえば何もかもがリセットされる。 友達との関係も、好きな人との関係も、想いも。 残るのはいつだって、ただの思い出だけ。 だから早川だって、卒業したらきっとアイツと同じようになるはずーー。 「先生、先生!」 「え?」 突然誰かに肩を揺らされて、不意に顔を上げてみると。不安げに眉をしかめた早川の顔が俺を覗き込んでいた。 「先生どうしたんですか?もしかして具合悪い?」 ーー顔、近い。 思わず視線を逸らして、誤魔化すように軽く咳払いをする。 ただ早川の顔が近くにあったというだけなのに。何故こんなにもドキドキしてしまうんだ俺は。少女漫画のヒロインじゃあるまいし。 「しっかりしろ俺。俺はただの枯れたオッサンだ」 「だ、大丈夫?先生」 「あ?あぁ。それで何か用か?早川」 相手に悟られないよう、いつも通りの俺で返事をする。 俺の事を心配している所を見ると、どうやら動揺していたことは気付かれていないようだ。 「実は先生に、今日改めて伝えたいことがあるんです」 「伝えたい事?なんだ?」 「二人っきりの時じゃないと言えないので、これが終わった後。ここの教室で待っていてください」 いつもとは違う、真剣な顔つき。 コイツのこんな顔を見るのは、今日で二回目になる。 「……わ、分かった」 俺の返事と同時に、チャイムの音が教室に鳴り響く。 「じゃあ先生、行ってきます」 「お、う」 今から始まる進路指導の時間に、早川と他の生徒達も席に着き始める。 今回進路指導担当ではない俺は、教卓に置いたままだった自分の道具を持って、教室を後にした。 * ほとんどの生徒がいなくなった廊下は、歩くたび足音がコツコツと響く。 その足取りは、いつもより遅い。 「そういえば、アイツもう就職先とか決めてるんだろうか……?」 早川がどんな仕事がしたいとか、どこで働きたいとか、そういうの何も知らないな。 面談はしたけど、アイツの保護者もアイツも特別決まった事は言わなかったし。 とりあえず就職するとしか……。 「って、なんで早川の事ばかり考えてんだ俺は」 さっきからずっと頭から離れない早川の真剣な顔。 伝えたい事とはなんだろうか? いや。人生三十一年生きてきた俺なら、大体察しはついている。 一度見たことがある、早川の真剣な顔。 一回目は確かーー。 「アイツが俺に、告白してきた時だったな…」 卒業まで後数か月しかないこの時期。 だからもう一度、アイツは俺に想いを伝える気なのかもしれない。もう逃げることのできない、ちゃんとした返事を貰う為の告白を。 もしそうなら俺は、一体なんて答えてやればアイツをなるべく傷つける事無く諦めさせることが出来るだろうか。 「っ……諦めさせる、か」 本当にそれで、いいのか? 「……チッ、煙草でも吸うか」 もし本当にアイツが俺の事を諦めたらって考えると、胸が締め付けられるように苦しい。 それで俺でじゃない別の誰かを好きになって、俺との時みたいにキスをしてる所を想像すると、言葉にできない感情が一気に溢れて涙が出そうになる。 望んでいたはずの結末なはずなのに。いつのまに俺は、こんなにもアイツを好きになってしまったんだ。 これじゃアイツを諦めさせる前に、まず俺自身がアイツの事を諦めないと。 「あぁクソッ!きもちわりぃ!早くニコチンを摂取して、落ち着かなければっ……」 「ん?」 「え?」 屋上の扉を開けた瞬間。 明るい夕日に照らされた金髪が、目に飛び込んできた。

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