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第79話

「昨日はまた空気を悪くして悪かった」  佐奈は頷くでもなく、首を振るでもなく、ただ目を軽く閉じた。 「昨日のこと……」 「あぁ」 「ここ最近慎二郎は悩んでて、でもオレには相談してくれなくて……。オレが困るだとか、オレのせいじゃないとか言ってたけど、それってやっぱりオレが原因だから言えなかったってことで。しかも、昨日の慎二郎の言い方って少なくとも優作も関係があるってことだろ? ねぇ優作、オレが二人を悩ませてるのか? オレ……何かしたんだよな。重荷になってるとか──」 「それは違う!」  優作は佐奈を遮り、たまらずと佐奈を腕の中へと掻き抱いた。強い力で佐奈は苦しさを感じたが、今はその苦しさがとてつもなくホッとした安心感に包まれた。 「そういうことは、絶対に考えるな。俺らにとって佐奈は何よりも、どんなことよりも大事なんだ」  苦しそうに吐き出されるその言葉は、優作の強い想いが込められている。それが優作の広い胸から響く鼓動の音で、佐奈に伝わる。 「佐奈だって、俺らのこと大事に想ってくれてるだろ? 誤解させた俺らが悪いけど、今後そんな風に考えるのは絶対にやめろ。いいな?」  優作は懇願するように、佐奈の髪に顔を埋めた。佐奈もすがるように優作の広い背中に腕を回し頷く。  佐奈とて本気で疑っていたわけじゃないが、隠されていることで不安が募っていた。  しかし佐奈にだって二人に言えない悩みを抱えている。それは優作だって慎二郎にだって言えることなのだ。それぞれが悩みを抱え吐き出せずにいる。それはとても辛いことだが、触れてはならない領域を、それぞれ持っているということを今回のことで知った。 「俺だってめちゃくちゃにもどかしいんだ……」  それは佐奈の心の奥深いところにまで伝わるほどの、優作の強い感情だった。  必死に堪えているその姿を見ると、それを僅かでも解放してあげられることが出来ない自身の無力さに、佐奈はこっそりと両の眼から熱い雫をこぼした──。

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