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第80話

◇  授業終了のチャイムが鳴ると、一斉に教室の空気が流れる。 教科書を手に持った数名が競うように教室から出ていくからだ。  その中に混じる元は、佐奈と倉橋に〝任せろ〟と親指を立て、慌ただしく出ていく。そう次は生物の授業だからだ。 「安西様々だな」  倉橋が言うのを佐奈は笑って頷く。 「そういや、昨日弟くんが迎えに来てたけど、大丈夫だったか? なんかすげぇ深刻そうな顔してたから」 「あ……うん、大丈夫。家の鍵忘れたみたいで」 「ふうん……そっか、ならいいけどな」  きっと(しん)からは納得などしてはいないだろうが、倉橋はカラリと笑うと「行くぞ」と佐奈を促した。佐奈はいつものように内心で謝りながら頷いた。  生物室に向かう回廊。その正面から、佐奈がいま一番会いたくない人物が真っ直ぐに向かってくる。倉橋もそれに気付いたが、直ぐにその存在を視界から外したのが佐奈にも分かった。  このままただ通りすぎるとしか思っていなかった佐奈は、不意に手首を掴まれ驚く。 「な……に」 「ちょっと来て」  華奢なイメージからは想像もつかないほどの強い力で手首を掴まれ、佐奈は痛みで眉を寄せる。 「おい先生、急になんだよ」 「いいよ、倉橋。ちょうどオレも用があったし。悪いけど先に行っといて」 「でも……」  三國の腕を掴んだ倉橋だったが、佐奈はそれを外すと微笑んだ。  倉橋は不満げに大きく息をつくが、きっと心配の方が大きい。佐奈はそんな倉橋の背中を軽く叩いてから三國に向き直った。 「手、離してもらえますか? 痛いので」 「あぁ……」  謝りもせず、手を離すと三國はさっさと歩いていく。佐奈は手首を擦りながら、倉橋へと苦笑を浮かべてから、三國の後をついていった。

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