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第85話
そして無言で手を引っ張る優作。あたふたとする佐奈の目に、倉橋が笑顔で小さく手を振っていた。
あの優作を見ておきながら笑顔でいられる倉橋が信じられず、佐奈は視界から消えるまで目を離せずいた。だが足が縺れそうになって、意識が優作へと向く。
「ゆ、優作? ちょっと、手が痛い」
まるで逃がさないといった強い力。佐奈の細い手首は締め付けで悲鳴を上げそうだった。
「優作!」
我慢ならず佐奈は強引にそれを振りほどく。すると優作がピタリと足を止めた。
何かの空き教室の前。人通りもないため妙な静けさが襲う。
その中、優作がゆっくりと佐奈へと振り返った。その目は何か熱い焔のようなものが滾っている。優作のその強い目に射貫かれると、何故か佐奈の気持ちが妙に昂っていくのを感じた。
それは説明し難く、佐奈の中の何かがざわついている感覚だった。
「あんなところで、あんな奴に何されてた」
怒りとも取れるような低音を響かせ、優作は佐奈に迫ってくる。怖いはずなのに、今の佐奈は優作の不機嫌な意味を知りたくて仕方なくなっていた。
倉橋の言っていた、優作の言動を見ておけというものが頭にあったためだ。
「何されてたって……倉橋は友達だぞ? 別に……」
「友達がこんな風に迫るのか?」
「っ……」
優作は先程の倉橋と同じように佐奈を壁際に追い詰め、逃げられないように囲う。
家族でもない〝男〟を感じさせられるこの行為に、佐奈の鼓動が速くなる。
「迫ってたわけじゃなくて……あれは、目にゴミが入ったって言うから見てあげてたんだぞ?」
「目にゴミ? そんな典型的なことに騙されてんなよ。男がこうやって壁際に追い詰めるのは、相手を従わせたい時だって知ってるか? そこに欲情や憤懣、様々な感情があるだろうけどな」
欲情という言葉が優作の口から出た途端に、佐奈の頬には僅かな朱がさす。
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