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第86話
「……言っておくけど、苛められてたわけでも、ケンカしてたわけでもないからね? それは絶対にないから」
「じゃあ何してたんだ」
顔をこんなに間近で見られたくなくて顔を俯かせるも、そんな佐奈の顔を優作は指で持ち上げてしまう。
紺碧の目が、表情一つを見逃さないかのように佐奈の顔をじっと見つめてくる。
だいたい優作はなぜまだ怒っているのか。苛められていたのではないと分かれば、ここは納得するところではないのか。
これではまるで嫉妬ではないのか。そんなことが頭に浮かんでしまい、佐奈は急いでそれを打ち消そうとする。
優作がなぜ倉橋に嫉妬するのか。佐奈のことが好きというのであれば分かるが。
しかしこれが嫉妬であれば、どれほどの歓喜に震えるか。天にも昇る気持ちだ。だが過度な期待をして、外れたときのショックと惨めさは考えるまでもなく、佐奈はこれ以上はという思いで小さく首を振った。
「何してたって……。そもそも優作は何で怒ってるんだよ。怒ることじゃないだろ?」
「佐奈……」
ため息混じりに名前を呟いたと思った瞬間、優作は壁に額を押し付ける。そのため佐奈は優作の身体と壁に挟まれ、密着する形となった。
「え? なに? 優作……どうしたんだよ」
優作の胸の中にすっぽりと入ってしまう小さな佐奈。優作の匂いと触れ合う身体に、佐奈の胸の高鳴りが大きくなる。
これでは鼓動が優作に伝わってしまうのではと焦った佐奈は、優作の身体を必死に押した。しかしびくともしない。
「ね、ねぇ、苦しいんだけど」
「佐奈、頼むから」
「え?」
少し離れたことにホッとした佐奈だったが、見上げた優作の目は、何か必死に堪えているように見えた。佐奈は無意識に唾を飲んだ。
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