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第87話

「ゆうさ──」 「頼むから、誰にもこの身体に触れさせるな」  掴まれた両腕に痛みが走り、佐奈は眉根を寄せつつ、優作の青い目を見返した。 「何で……そんな事言うんだ? オレが女で妹だったらまだ分かるけど、男だぞ?」 「女とか男だとか……そんな事は関係ねぇんだよ。はぁ……参ったな。せっかく何とか鎮めたのに……」 「優作……」  〝それぞれが限界〟ふと慎二郎の言葉と、〝もどかしい〟という優作の言葉が佐奈の頭の中でよみがえる。  まさしく優作の今の表情が、もう限界だと訴えている。その対象が自分であることを佐奈は感じた。もしかして本当に優作は嫉妬しているのかもしれないと。  ずっと兄弟として過ごしてきたなかで、自分の想い人まで佐奈と同じ気持ちを持つなど普通は考えも及ばない。しかも男同士だ。  しかし今の優作は、鈍感な佐奈にでさえ勘違いされてもおかしくない言動を取っている。  倉橋の言葉も助言となり、佐奈の鼓動は僅かな期待に、ますますと速くなっていく。 「そこで何をしてるんだ」  二人の間で出来上がっていた空気が、不意に壊される。佐奈が驚く横で、優作は小さく舌打ちを鳴らした。 「……何って、話をしてるんだよ」  兄弟で近すぎる距離など頭にないのか、優作はしれっとしている。  佐奈の目に映るのは、出来ればもう視界にも入れたくない人物、三國だった。 「話? 苛めてるようにしか見えないけどな」  三國はそう言って笑うが、優作は苛立っていた。 「どう見たら苛めてるように見えるんだ。佐奈は大事な奴だぞ」  優作にとっては何気なく言った言葉なのかもしれない。だが佐奈は一人至福に満ちていた。  〝弟〟ではなく〝奴〟。  たったそれだけの事だが、三國の前でだけは〝弟〟という存在にはなりたくなかった佐奈にとっては、大事な一言だったのだ。

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