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第89話
三國を納得させるためには、行った方がいいのは頭では分かっている。だが今は佐奈にとって大事な時間だった。それを壊され、あっさりと優作を取られたことに、不満を口にしたくなる。
「今日はバイトだからムリだけど、明日からは帰り、駅で待ってるから」
「え?」
「俺がいなくても先に帰るなよ?」
佐奈の頭に手を置きながら、優作は顔を覗き込む。近い距離に、佐奈はまだ三國がいるのではと、三國が歩いて行った方に視線を遣った。
「っ……」
ゾクリと怖気立ち、佐奈は息を呑んだ。それは憎悪と言っても過言ではない程の、鋭い目付き。佐奈を睨んでいた三國は、目が合うとスッと逸らし、何事もなかった顔をして踵を返した。
佐奈は思わずと長い息を吐く。人からあのような目で睨まれるのは、やはり愉快とは言えない。
だが佐奈の中で一段と、三國に対する敵愾心が大きくなった。
「佐奈?」
「あ……う、うん、分かった。じゃあ、買い物も付き合ってよ」
「もちろん……」
「……? どうしたの?」
不意に真剣な面持ちになる優作に、佐奈は怪訝に小首を傾げた。
「いや……今言うことでもないな。悪い。帰り気を付けろよ? 終わったら直ぐに帰る」
「……分かった」
優作は少し名残惜しそうに佐奈の頬を撫でるが、何とかそれを振り切るように優作は三國の消えた後を追って行った。
「気になる言葉を残して行かないでくれよ……」
佐奈はぼそりと呟く。
優作の気持ちが少し見えた気がしたが、あの堪える姿を見ると、やはり踏み込んではいけないのかとさえ思える。
もうこのまま気持ちを吐露して、すっきりしたいという思いは、ただの自己満足なのかもしれない。どうしたって〝家族〟であることがネックになるからだ──。
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