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第92話

「……慎二郎? 何かあったのか? それにオレをもらうって──」  佐奈に背を向けていた慎二郎がゆっくりと振り向く。  そこには見たことがない男が立っていた。佐奈は言い知れぬ恐怖で、身体が金縛りにあったかのように動かなくなってしまう。 「慎二郎……?」  ゆらりと立ち上る、黒く歪な何かを纏う慎二郎。佐奈の両手にはいつしか汗がにじみ出ていた。 「ユウが十分以内に帰って来なかったら、もう諦めた方がいい」 「……は? え? なに言ってるんだ?」  威圧感のある慎二郎に気圧され、言葉が上手く理解出来ない程に、佐奈の頭の中が真っ白となる。 ──諦めた方がいい? 何を? 慎二郎は何を言ってる?  ぐるぐると疑問が頭の中を占領していく中、佐奈の中でけたたましく警鐘が鳴り始める。   「ユウのせいで、佐奈が辛そうな顔をしてるのは、もう見たくないからさ」 「……優作……のせいで?」  慎二郎の言葉を何度も反芻し、ようやく理解した時には、佐奈はあまりの衝撃に、顔から血の気が引いていった。  まさか慎二郎に自分の気持ちがバレていたなど、佐奈は露ほども思っていなかったからだ。   「それはっ……」 「佐奈……何年一緒にいると思ってんだよ。見てたら分かるっつうの。分かってないのは当人同士。ユウにはあれくらい言わないと何一つ動けないヘタレだからな」  慎二郎にまとわりついていた黒いものは徐々に消えていく。 「……だから、佐奈をもらうとかは嘘だから心配しないでよ」  代わりに慎二郎は優しく目を細めた。  こんな目をするようになったのかと、慎二郎の琥珀を見つめながらも、佐奈には様々な疑問が浮かんだ。  分かっていないのは当人同士と言った慎二郎には、優作の気持ちも知っているということなのか。なぜそんなことが分かるのか。何を根拠に。  この時の佐奈は、自分の気持ちだけで精一杯となっており、その理由には気づけずにいた。  

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