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第97話

 そして優作も慎二郎の気持ちを知っていたからこそ、弟であるのにも関わらず先ほどの慎二郎の挑発に乗った。  慎二郎の気持ちが自分に向いていたことを知ると、佐奈の胸は痛いほどに締め付けられる。どんな想いで笑顔を見せていたのか。どんな想いで佐奈たち二人の仲を取り持ったのか。 「優作は……慎二郎の気持ち……知ってたんだな」  優作の胸に顔を埋めたまま、佐奈はすがるように、背中に回した手はシャツを握りしめていた。 「あぁ……」 「オレ……知らなくて──」 「佐奈」  涙で濡れた顔を、優作はそっと両手で包み、佐奈の小さな顔を自身へと向けさせた。  優作の目もまた、辛さに陰っていた。 「佐奈、それがあいつの意思なんだ」 「でも……」 「シンの気持ちを思うなら、伝えなかったあいつの気持ちを尊重してやってくれ。同情が悪いとは言わないけど、今のあいつにはそれは酷というものだ。気付かなかったふりをしてやるのが今は一番いい」  優作の言葉はとても重味がある。  何もしてやれないくせに、どうにか出来ないのかと少しでも考えた自分が何とおこがましいことか。そんな自分を恥ながらも、やはり直ぐには呑み込む事が出来ない佐奈がいた。 「佐奈、頼む。今は俺だけの事を考えろ」  佐奈は震える唇を噛みしめ、複雑ながらも優作へと頷いた。  初めは佐奈を慰めるような優しいキスが瞼に落とされる。それは佐奈の意識を優作へと向けさせるもの。そして、優作の唇は頬へと移り、涙の痕を辿っていく。  優作の意思を持った唇が、自分に触れている。あの時の熱に浮かされていた時のキスは、今を思えば佐奈を想ってしていたことだが、優作は未だ夢だと思っているだろう。  だが今は、しっかりと優作の意思のこもった熱い想いが佐奈に伝わり、心は満たされていく。 「佐奈……」 「優作……キス……して……んっ」  優作の首筋に抱きつき、踵を浮かした瞬間、佐奈の唇は念願の愛しい人の唇によって塞がれた。

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