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第99話
◇
優作との想いが通じ合ったその日は、慎二郎は随分遅くまで帰って来なかった。
慎二郎が顔を合わすことを避けているのだろうと佐奈は判断し、直接待っていることはしなかった。
ただ無事に家へ帰って来てくれた。それだけでもホッと出来た。
しかしその内心では、自分の都合の悪い方へ流れていかないことを祈っていた。勝手なものだ。そんな自分に佐奈はとことん嫌悪した。
「はぁ……」
朝六時。弁当と朝食の準備に取り掛かるが、泣き腫らした目は赤く、ネギを切る作業も手が重くはかどらない。
「佐奈ぁ~おっはよー!」
静かな空間で、突然耳元で元気な声がし、そして背中に温もりを感じた。
「し……慎二郎!?」
顔を横に向けると慎二郎の息遣いさえ感じられる、久しぶりの距離感。佐奈は驚きで目を見開いたまま、間近の慎二郎と目を合わせる。
「佐奈、目が赤い。まさか……上手く行かなかったのか?」
途端に心配そうに声のトーンが落ち、慎二郎は更に顔を覗き込む。佐奈は慌てて首を振った。
「う、ううん……! 大丈夫」
「そっかぁ! なら、良かったよ。もし上手く行ってないんだったら、ユウをぶん殴ってやろうかと思ったんだけどな」
残念だと呟き笑う慎二郎。
自分の気持ちをしまい込んで、いつもの日常を送ろうとしている。
そんな慎二郎の気持ちを自分が壊してはならない。佐奈はひっそりと痛む胸に手を当てた。
「おい、シン。佐奈に触るな」
まだ六時過ぎという早朝にも関わらず、皆がキッチンへと集まる。
それぞれが様々な事情で眠れなかったのか。優作の顔も寝起きという顔ではなかった。
「おぉーお、いきなり彼氏面かよ」
「当たり前だろ」
優作は慎二郎の腕から佐奈を奪うように自身の腕の中へ。佐奈を間に挟み、二人は何やら火花を散らし始めた。
佐奈は口を挟めず黙るしかない。
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