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第109話
三國はフォールディングナイフを自身の首筋に当てる。刃渡り八センチメートルの鋭い刃先。あれで頸動脈をスッパリと切れば、命は助からないだろう。
あんなものを一日ずっと懐に忍ばせていたのだろうか。教師が銃刀法違反を犯しているなどシャレにもならないが、今はそんな事を追及している状況ではない。
「その目に焼き付けておけ。お前のせいで死んでいく人間の最期をな」
グッと首筋に押し込まれる刃。少し切れたのか血が滲み出ている。
だが佐奈は、それを冷静な目で見ている自分がいることに気付く。妙な緊張感には包まれてはいるが、恐怖心にも似た焦燥感は既に消えてしまっている。
「そんなことをして、先生は本当に満足出来るんですか?」
佐奈の余りにも落ち着いた態度に、三國は逆に苛立った様子で、眉間に深いシワを刻み、佐奈を睨み付けている。刃先もじわじわと肉に食い込んでいる。
「……何が言いたい」
「オレのために、その命を捨てるんですか?」
「だからそう言ってる」
三國は鼻先で笑う。
「そうですか……。先生だってまだまだ若くてこれからの人生は長いのに。この先優作よりもっと素敵な人と巡り会うかもしれないのに。それをこのオレなんかのために全てを無くしてもいいんですね」
大仰とも言える程に佐奈は嘆くように言う。
「オレ、先生が死んでもいつか忘れますよ?」
「は……?」
こんな答えなど想像もしていなかったのだろう。三國は唖然とした顔で佐奈を見つめている。
佐奈自身は、別に三國を諭すために言ったわけではなく、事実というものを溢しているに過ぎなかった。
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