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第122話

「もうアイツのことは考えるな。もう佐奈を苦しめる人間はいなくなったんだ。例え今後そんな奴が現れようとも、俺が必ず守る。だから佐奈がいま考えるべきなのは、俺のことだ」 「ゆ、優作……」  優作はわざわざ佐奈の耳元で低音を響かせる。まだ少年といえる年齢でありながらも、佐奈の奥底に眠る官能を呼び覚ますような艶のある声は、身体が自然と熱くなる。 「佐奈……」 「な、なに?」  まだ半分以上も残る弁当。  箸を持ったまま、佐奈は優作から醸し出される空気に呑まれ微動だに出来ずにいる。  もう食欲など何処かに消えている。 「明日、四限目が終わったら昇降口で待ってる」 「あ……明日? 四限目が終わったらって……午後からの授業は……」  そう訊ねつつも、佐奈の鼓動は異様な速さのリズムを刻んでいる。  何となくその意味が分かるからだ。 「午後からの授業は悪いけどフケてくれ。この意味分かるな?」  紺碧の美しい蒼が、佐奈だけを真っ直ぐに映している。自分の少し困ったような顔が映っているのが余計に恥ずかしくなる。 「う、うん……一応」 「一応?」  優作は佐奈の返答にどこか不満そうでありながらも、愉快さが滲んだ意地悪い顔つきで、佐奈の顔を覗き込んできた。 「だって……何処に行くんだよ」  もう優作の顔を直視出来なくなり、佐奈は顔を俯かせるが、その耳が赤く染まってることは隠しきれなかった。 「俺の部屋だ」 「優作の……部屋」  優作の部屋は掃除をする時くらいでしか入ったことがない。  優作が寝るに相応しいような、大きなベッドを突然と思い出してしまい、佐奈はそれを吹っ切るように頭を振った。

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