3 / 141
第3話
「悔しかったらお前も鍛えたらどうだ?」
「はぁ? 鍛えてるし! これでも腹筋割れてんだからな」
ムキになった慎二郎は、スウェットの上着を捲り上げる。確かに自身で言っている通りに、見事なシックスパックが佐奈の目に入る。慎二郎は陰ながら対抗意識を燃やして努力しているようだ。
「ほら佐奈、凄いでしょ? 触ってよ」
「いいよ。いいから早く顔洗いなよ」
「ちぇ。触ってくれてもいいんじゃん」
「早くしないと、朝ごはん抜きだからね」
「え!? それはイヤだぁーー!」
雄叫びを上げる慎二郎を無視し、佐奈は逃げるようにして、二人を洗面所に残してキッチンへと戻った。
昔はもっと優作と慎二郎は仲が良かった。父親の再婚で佐奈が小学三年の時に深山家の兄弟に加わった二人。優作は佐奈の一つ年上で、初めて出来る兄と弟に嬉しくて仕方なかった事を、今でも佐奈は鮮明に覚えている。
微妙な年頃の男児であったが、三人は直ぐに打ち解け、血の繋がり以上に仲を深めていった。
しかし佐奈が中学へ上がる頃になると、慎二郎は何かと優作に対抗意識を燃やすようになった。完璧な兄を見れば、同じ兄弟として、男として、何か闘志が燃え上がってるのかもしれないが、佐奈には分からない感覚だった。
「オレは何したって、あの二人のようには筋肉付かないからな……」
「なに? 佐奈も鍛えたいのか?」
「わっ!」
突然佐奈の耳元で囁かれ、驚きに身体が跳ね上がった。心拍数が異様に上がるのも、ただ驚いただけではない。
佐奈は自身の頬が熱くなるのを感じ、慌てたように優作に背中を向けた。
「佐奈、入学おめでとう」
「あ……」
佐奈の背中へ優しい声が掛かる。佐奈は身体をゆっくりと後方へと向け、背の高い優作を見上げた。そこには優しく目を細める美しい顔がある。吸い込まれそうになる紺碧の瞳。まっすぐ見つめ返すことが出来ず、佐奈は少しだけ目を伏せた。
ともだちにシェアしよう!