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第29話

「どうした?」  優作が心配そうに訊ねる。輝かしい髪が綺麗にセットされ、一分の隙もない完璧な男がいる。 「今日、元と約束してたのがキャンセルになったんだ」 「え、マジ?」  慎二郎が驚いたようにソファから身を乗り出す。そして妙案でも思い付いたかのように、パッと顔を輝かせる。 「じゃあ、オレも今日は出掛けるのキャンセルしようかな」 「何言ってるんだよ。その友達がオレみたいにガッカリするんだぞ? それだけは絶対に許さないからね」 「はぁい……」  佐奈に怒られた慎二郎は、ローズピンクの唇をへの字に曲げつつ素直に言うことを聞く。慎二郎は親よりも佐奈の言うことだけには素直に聞く。 「じゃあ佐奈は今日は一日どうするんだ?」  優作に問われ、佐奈は少し考えてから、何も思い付かない自分に苦笑した。 「普段出来てない家の掃除でもするよ」 「そうか……」    二人が出掛けてから、シーツのカバーを洗ったり、トイレ掃除をしたりと、佐奈は家政婦並みに動いた。  少し小腹が減ったなと時計を見上げると、十一時半。一人になってから二時間近くも経ったようだ。昼食の準備でもしようかと佐奈がキッチンに向かうと、玄関から僅かな音がするのに気付いた。 「は? な、なに……泥棒? 頑丈な玄関から?」  緊張で息を呑みながら、佐奈はとりあえずと包丁を右手に握った。万が一のために。  足音は確実にリビングの方へと近付いてくる。佐奈はそっと物陰に隠れ、息を凝らすが、恐怖と緊張のせいで呼吸も荒くなり、辛さが増していく。両手に握る包丁も震えすぎて、汗で滑り落ちそうにさえなる。  固定電話もスマホもリビングだ。今から警察に連絡しても相手に見つかってしまえば終わりだ。だが留守を預かる身としては、ここで震えているわけにはいかない。  

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