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第30話

 佐奈が勇気を振り絞って立ち上がった時、リビングのドアが開いた。佐奈は飛び上がらんばかりに驚く。  そして侵入者と佐奈の目が真っ直ぐに合う。 「……佐奈?」 「あ……」  佐奈は瞬間、膝から崩れ落ちるように、臀部を床につけた。 「おい、佐奈!」  包丁を両手で握りしめ、崩れる弟の傍へ、優作は慌てて駆け寄る。 「どうしたんだ?」  佐奈の両腕を労るように擦りながら、優作は心配そうに顔を覗き込む。 「優作……泥棒だと思ったよ。良かった……」 「泥棒……。それで包丁? 悪いビックリさせたな。俺はてっきり具合が悪いのかと思ったぞ」  双方の勘違いに、佐奈と優作は思わず笑い合った。 「でも優作どうしたの? バイト夕方までじゃなかった?」  佐奈は包丁をキッチンに戻し、扉の前に置き去りされた優作の鞄をソファに置く。 「あぁ、代わってもらった」 「代わってもらった?」 「佐奈、飯まだだろ? 出掛けるぞ」 「え? ちょ……」  優作は強引に佐奈の手首を掴むと、そのまま外へと連れだす。 「優作ちょっと待って! とりあえず待って!」  ぐいぐいと引っ張られては、足の長さが全く違う佐奈には付いていくのもやっとだ。 「悪い」 「いいけど……。でもバイト代わってもらったって何で?」 「ゴールデンウィーク初日に、佐奈が一人で家の掃除とか、泣けてくるだろ」  春も終わりに近付き、温かい気候と陽光。シャンパンゴールドの髪は綺麗に煌めく。だが、それ以上に優作の笑顔は、とてつもなく眩しかった。 「それでわざわざ? こんな風にされたら、女の子ならすごい嬉しいんだろうな」 「佐奈は?」 「え?」 「佐奈は嬉しくないのか?」  僅かだが、真剣みを帯びた紺碧の目。見つめられる瞳に、佐奈の鼓動は速いリズムを刻む。

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