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第31話

「うん……まぁ、嬉しい」 「なんだよ、その微妙な反応は」 「だって、ゴールデンウィークに兄に気遣われるなんて、むなしいし」  本当は、嬉しくてどうにかなりそうだ。優作が佐奈のために、わざわざシフトを代わってまで帰って来てくれた。嬉しくないはずがない。  しかしここは、気持ちがバレてしまわないように、世間一般の兄弟のように演じなければならなかった。 「ま、確かにそうだよな。でも今日は諦めて兄ちゃんとデートしてくれよ」 「デート……」 「旨いもん食わせてやるから。何がいいんだ?」 「じゃあね……――」  佐奈の気持ちを余所(よそ)に、優作は何やら楽しそうだ。そして佐奈もそんな優作を見れば嬉しくなるわけで。  少しでも二人きりの時間が欲しい。だから佐奈はわざと、遠くのイタリアンレストランへ連れて行って欲しいと言った。  街を歩く優作は目立つ。すれ違う老若男女が必ず優作を視界に収める。佐奈の存在に気付く者などいないほどだ。 「やぁ、深山くんじゃないか」  その中、後ろから突然深山と呼ぶ者がいた。佐奈が振り向くと、スーツを着た三十代と(おぼ)しき男が、にこやかに立っている。 「あぁ……あんたか。何ですか?」 「やだなぁ、そんな嫌そうな顔しないでよ。今日はたまたま見かけて声掛けただけだよ。遠い後ろからでも直ぐに分かるって流石だよね」  優作の冷たい態度は慣れたものだと、男は気にする様子もなく笑顔を貼り付けている。 「用がそれだけなら、失礼しますよ」 「あ、お連れさんがいらっしゃるんですね……」  男がそう言いながら視線を佐奈へ移す。すると優作は瞬時に佐奈の肩を抱き、前を向かせた。

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