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第36話
「それは大変だよ。大丈夫なのかなその人。とりあえず気を付けて行ってらっしゃい」
「あぁ、悪いな……。佐奈こそ気を付けて帰れよ」
反対車線のホームへと向かう優作の背中を見送ってから、佐奈は一人とぼとぼと帰宅した。
「ただいま」
家が留守でも〝ただいま〟は口癖になっている。慎二郎が帰ってくるのにはまだ早い時間だと、エントランスで靴を脱いでいると、慎二郎の普段靴があることに気付いた。
「あれ? 帰ってる」
リビングのドアを開けると、テレビもつけず、ソファに深く腰を沈めている慎二郎がいた。そして佐奈へと向けたその顔は、明らかに怒っていた。
「慎二郎……早かったんだな。っていうか、なんか怒ってる?」
ゆらりとソファから腰を上げた慎二郎は、佐奈へとゆっくり向かってくる。少しの恐怖心で佐奈の足が後退していく。
「ちょ……慎二郎? どうしたんだよ」
「佐奈、ユウはどうしたんだよ」
「優作? 優作は急にバイトに駆り出されて……」
そこで佐奈は口を閉じた。なぜ慎二郎が優作のことを訊ねるのか。それは今日のことを知っているからだと察した。
「ユウは朝から夕方までバイトのはずなのに、渋谷で佐奈と優作を見たって」
慎二郎はスマホの画面を佐奈へと見せてきた。通信アプリでのやり取りの画面で、佐奈と優作が二人で歩いているところの画像が貼られていた。
「ユウは目立つから、こういう事をいちいち知らせてくる奴がいるんだよね。しかもユウの奴、わざわざバイト休んでとか、気に食わねぇ……」
「優作は、オレが一人だと可哀想だと思って……」
「それで人様に迷惑かけてまでバイト休むのはいいんだ」
「そうだよね……ごめん……」
優作が佐奈のためにバイトを休んでくれたことを喜んでいたが、それによって代わりにバイトに入らなければならなくった者がいる。そこまで考えが及ばなかった。
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