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第57話

 どろどろとした醜い感情が頭をもたげる。佐奈は落ち着こうと大きく深呼吸をした。いま口を開けばろくなことを言いそうになかったからだ。 「佐奈?」 「ん? あ、寝てるとき凄い汗かいてたから、シャワー浴びておいでよ。風呂場暖めておくから」  優作の顔を見ないように佐奈は浴室へ向かおうとした。だが手首をグッと掴まれ、佐奈は驚き振り向いた。 「……なに?」 「佐奈、何かあったのか?」  佐奈はゆっくりとした所作で優作と向き合い、そして顔を見上げた。  せっかく黒い感情から解放されたのに、再びふつふつと沸き上がってくる。 「何かって?」 「元気がない。一晩寝てないせいもあるだろうけど、そうじゃなくてメンタルが弱ってる。何かあったんだろ? 俺に言ってみろ」  優作は佐奈の両腕を掴み、心底に心配といった表情(かお)で覗き込む。佐奈は目を合わすことが出来ず視線を落とす。 「……ない」 「え?」 「言えない。あったとしても優作には言えないことだから」 「俺には言えないって……何でだ」  ショックを受けたのか、優作の手に力が加わり、佐奈は少しの痛みで眉根を寄せた。 「何でもかんでも優作に言わなくちゃいけないのか? オレにだって言えないことくらいあるし、悩むこともあるんだよ」 「そうだろうけど、学校の悩みとかなら俺は言って欲しい」 「ありがとう優作。でも学校の悩みとかじゃないから」  佐奈は優作の手をゆっくりと払い、微笑んだ。 「学校の悩みじゃなかったら何なんだよ。まさか……好きな奴でもいるのか?」  唸るように言う優作に、佐奈は黙ってしまう。

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