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第59話

「兄は今朝には熱が下がりました。一応念のために今日は休ませようと思いまして」 『そう……。それは賢明な判断だね。分かりました。お大事にと伝えといて下さい』 「待ってください」  早々と通話を切ろうとする三國に佐奈は待ったを掛ける。直接会って話すのはあまり気が乗らないため、電話で済ませてしまいたかったのだ。 『……なんだ?』  明らかに面倒くさそうな声。それを三國は隠そうともしない。分かりやすくていいのかもしれないが、先生の態度としてはどうなのか。 「昨日、薬とかわざわざ買って下さってたようで。リンゴも剥いて下さったんですね。ありがとうございます」 『あぁ……。勝手にキッチンを使って悪かったね。買った物はいらなければ処分してくれて構わないよ。じゃ』  次こそは佐奈が返事をする前に切られてしまう。 「勝手にキッチンを……か」  三國は強調するように言った。それは佐奈に対抗しているかのように聞こえた。大人で教師でもある三國が、まだ子供のような佐奈に対抗意識を持つ。その意味は。 「まさか……。だって先生は男」  自分が優作を好きだからと言って、教師で男の三國までもがそうと考えるのはどうかと佐奈は思った。もしそうだとしても、佐奈は優作の弟だ。普通に考えれば何の害にもならない存在のはず。 「オレの気持ちを知ってるならまだしも……」 「佐奈、行ってくる」 「あ……し、慎二郎、うん」  ぼそりと呟いていたとは言え、間の悪いタイミング。ヒヤリと硬直する佐奈に、慎二郎は少し何か言いたげに口を僅かに開いたが、直ぐに口を閉じ無言でリビングから出ていってしまった。  佐奈は自分の感情を持て余しているせいで、慎二郎のことまで考えている余裕がなかった──。

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