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第64話
「今朝のことだけど」
「……今朝の」
今朝と聞いて佐奈の身体がビクリと僅かに跳ねる。朝から理不尽に怒鳴られた優作の立場を思うと、謝った方がいいのは佐奈も分かっている。実際謝りたい気持ちは大きい。しかし、優作を前にすると、言葉が引っ込んでしまい出てこなくなっていた。
そして何を言われるのか緊張しつつ、優作からの返答を佐奈が待っていると、不意に部屋の空気が動いたのが分かった。佐奈と優作は咄嗟にリビングの扉に顔を向ける。
「あ……おかえり、慎二郎」
「……ただいま」
慎二郎は不機嫌な顔でぼそりと呟くと、そのままUターンしてしまう。
「慎二郎! ごめん、優作」
佐奈は話の途中の優作を置いて、慎二郎を追いかける。今は優作との空気が辛く、半ば逃げるように。
「慎二郎」
自室のドアを開けようとしていた慎二郎は、佐奈に呼ばれその動きを止めた。
「なに?」
「朝のこと……嫌な空気にして悪かった」
佐奈が頭を軽く下げてると、慎二郎は佐奈へと向き合う。
「なんで佐奈が謝るんだよ。佐奈が悪いわけじゃなくて……ごめん。これはオレの問題なんだ」
「慎二郎の問題? なんで今朝のことが慎二郎の問題になるんだよ。普通はオレに怒るもんだろ?」
「だからそれは……。とにかく佐奈には怒ってないから、それは分かってよ」
慎二郎はそう言うなり、部屋へと入ってしまった。
暫く佐奈は慎二郎の部屋の前で立ち尽くす。
深山家に初めてといっていい程の、重い空気が流れる。
慎二郎が何を思ってるのかが分からない事が辛い。一瞬学校で何かあったのかと佐奈は思ったが、慎二郎は『佐奈が悪いわけじゃない』と言った。
それは確かに言葉通りに、佐奈の事が悪いと思ってるわけではないのだろう。しかし原因となってるものに、佐奈が入っているニュアンスの響きがあった。
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