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第68話

「な……」  佐奈は愕然と目を見開く。  遠目でも分かる。三國が優作にキスをしているということが。  学園の教諭という立場の人間が、学園内で何をしているのか。確かに建物の裏手は窓があまり無く、人目には付かない。しかし、だからと言ってしていいわけがない。モラルに反している。  だがそんなモラル云々が頭にも浮かばない程に、佐奈はただ目の前の光景が受け入れられず、茫然とするしかなかった。  優作からキスをしたわけではないが、あの唇に他人が触れる、そしてそれを目の当たりにしてしまうことがかなりの衝撃だった。 「っ……」  あまりのことに、佐奈は膝から崩れ落ちそうになった。村田から預かったプリントはしわくちゃだ。  怒り、悲しみ、辛さ、あらゆる感情で押し潰されそうになりながらも、佐奈は涙だけは流すまいと必死に堪える。 「……もう、しんどい」    佐奈の頭の中は色々なもので埋め尽くされ、もはや容量オーバーとなる。とにかく今は頭に靄がかかってしまい、考えることが困難になってしまっていた──。 「佐奈……」  校門を抜けた佐奈は、声を掛けられるも目が虚ろで、反応も薄い。  あれを目にしてから、佐奈は自分の行動が上手く思い出せない。バスケ部顧問にプリントを渡したという記憶も曖昧だったが、手にプリントを持っていないことから、恐らくちゃんと渡せたのだろう。 「佐奈、ごめん……どうしても気になって……」 「慎二郎……?」  それはとても久しぶりに感じた慎二郎の腕の中。もう学園内には、クラブ活動している生徒以外はほぼいない時間帯。いつもなら学校が終わればスーパーに寄って帰宅している時間。慎二郎も帰宅している時間だ。  それなのに、いま佐奈の目の前には慎二郎がおり、佐奈を抱きしめている。  

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