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第72話
馬鹿げてるといった風に佐奈はそう言うと、洗面室に行く。慎二郎ももちろん付いてきて、佐奈が手を洗うのを見ながら口を開く。
「それでもユウはやめるよ。それか、早く帰って来て欲しいでもいいと思うけど」
「だから何でだよ? 弟なんかに言われてやめるとは思えない。それに、オレは別にやめて欲しいって思ってるわけじゃないし……」
これではやめて欲しいと言っているように聞こえるのではと、佐奈は急いでそう付け加えた。
「佐奈はそうかもだけどさ、ユウにとって何より大事なのは佐奈だからな。そしてこれはオレの言ってることを信じてもらうためのものだから。とにかく、オレの代わりに実践してよ! で、後で報告よろしく」
慎二郎はそう言い残し、洗面室から消えていった。一人残された佐奈は、手の泡を洗い落としながら、頭を必死に回転させていた。
「何であんなに自信があるんだよ。慎二郎と一緒だから? 大体何が一緒なんだか……」
慎二郎の言っている事がどういう理屈なのかが分からない。頭をどれだけ捻ってみても答えは出ない。
そもそも佐奈が何より大事というのも家族だからであって、好きな人に対する〝大事〟とは意味が異なる。
だが慎二郎が言っている事が本当なら、試してみたいという思いもある。
三國だけには取られたくない。放課後に二人きりなどさせたくない。三國よりも自分を優先して欲しい。期待などしないと決めたばかりだが、そんな強い思いが佐奈に芽生え始めた。
「おかえり、優作」
「ただいま」
七時過ぎの帰宅。女ではないし、優作の体格を見れば、何かの犯罪に巻き込まれる事は殆どないだろう。しかしバイトがある時はもっと遅いため、佐奈は毎日無事に帰ってくるまでが心配だった。
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